同じ人として生まれてきても育った境遇によって、その後の人生は大きく違ってくる。だが、絶対に平等なものがある。例外なく誰にでも死は訪れる▼肝心なのは、そのしまい方であろう。先日、県庁であった講演会は極めて興味深かった。1992年から小山市などで在宅医療に取り組む医師の太田秀樹(おおたひでき)さん(65)が掲げたテーマは「死ぬときぐらい好きにさせてよ」▼高齢者の多くが病院で亡くなっている現状に疑問を呈し、「住み慣れた街に最期まで暮らす仕組み」ともいうべき地域ケア包括システムの重要性を説く。豊富な経験に裏打ちされた太田さんが強調するのは「尊厳ある最期を迎える」ということだ▼医学の発達による延命治療で命を永らえてもその分、苦痛は長引く。多くの人は無理な延命治療は望まないが、いざとなると家族は強く望んでしまう。世間体で入院を、という選択もしがちという▼「アドバンス・ケア・プランニング」という取り組みが広まりつつある。終末期にどんな医療やケアを受けたいかを日ごろから家族や医療者らと話し合いを重ねるというものだ▼太田さんは、ある患者の事前指示書を紹介した。「食べられなくなったら水だけ、それも飲めなくなったらそのままに。最期は自宅で過ごしたいです」。本来のしまい方がつづられている気がした。