被害者を思い、祈りをささげる畠山さん=7日、日光市山内

 「個人としてどう償っていくか、考え続けなければならない」。手帳に記した思いは今も変わらない。筆者は日光市の世界遺産日光山輪王寺の僧侶、畠山慈朋(はたけやまじほう)さん(41)。東京電力福島第1原発事故の発生時は東電本店の広報マンとして情報発信の渦中に身を置き、その後「加害者」としての責任の重さを胸に仏門に入った。「拝むことで救われる人がいる」。畠山さんは9日までに下野新聞社の取材に応じ、当時の苦悩や僧侶としての思いを明かした。あす、東日本大震災と原発事故から8年。

 畠山さんは青森県出身。早稲田大卒業後、2000年に東電入社。大田原営業所と栃木支店、県経済同友会出向を経て08年に本店広報部勤務となった。

 インターネット広報を担当していた11年3月11日、状況が一変した。3日間、一睡もせずプレスリリースに当たった。初日は「福島原発が安全に停止していると認識していた」といい、地震による電力設備への影響を主に発信した。

 12日午後、第1原発1号機が爆発。「テレビで初めて深刻さを知った」という。同僚と2人で現地作業員が計測した放射線量をまとめ続けた。「データは私たちでしか出せない」。同日のリリースは他の情報も含め27件に及んだ。

 しかし、ファクスで受信するデータは手書きで、しかも扱い慣れない計測単位のため、一部で入力ミスがあった。本店での記者会見で「わざと数値を低く見せているのでは」と非難された。

 職場には「犯罪者」「死ね」などと書かれた多数のメールが届いた。「社員というだけで嫌がらせをされる事態となったのが最もつらかった」。同期は次々と会社を去った。

 12年4月、35歳の誕生日を前にした思いを手帳につづった。「被害者からすれば、その恨みは晴れることはない」。13年、償いと救いのため、輪王寺一山の僧侶を父に持つ妻との縁で仏門に入った。

 毎日の勤行では必ず「被害者」への祈りをささげる。日光の神仏を1千回巡拝する厳しい山岳修行も達成した。「一般の人と同じ暮らしだったらいけないと思う」と力を込める。

 「今考えると『逃げたい』という思いがあったのかもしれない」と振り返り、「被害者へ直接、具体的にできていることはないが、拝むことで救われ、感謝する人がいる。人と人をつなぐ力になりたい」と真っすぐ前を向いた。