約50年前まで使われていた登り窯を前に、久野陶園の歴史について説明する伊藤さん(手前)

 益子町が茨城県笠間市と共同申請した「かさましこ ~兄弟産地が紡ぐ“焼き物語”~」の日本遺産認定から間もなく半年。笠間市内の構成文化財を益子町民が巡るバスツアーが11月末に初めて開催され、20人が笠間焼創始の窯元「久野(くの)陶園」や北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の旧宅「春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)」を鑑賞し理解を深めた。ツアーに同行し、日本遺産を核とした地域活性の課題や可能性を探った。

Web写真館に別カットの写真

 「益子焼はここの流れをくんでいます。兄弟産地の発祥の地なんですよ」。澄んだ冬空が広がった11月28日午前、久野陶園(笠間市箱田)の14代目当主伊藤慶子(いとうけいこ)さん(60)が柔和な表情で参加者に語り掛けた。

 陶園は、久野半右衛門(はんえもん)道延(みちのぶ)(1701~82)が江戸時代後期の安永年間(1772~80年)に創業した窯元。後に益子焼の陶祖大塚啓三郎(おおつかけいさぶろう)(1828~76年)が陶芸を学んだ「かさましこ」の原点とも言える窯元だ。

 02年に69歳で亡くなった父久野道也(くのみちや)さんの跡を継ぎ、作陶を続ける伊藤さん。「認定後に見学者が増えたのはうれしいのですが、1人で切り盛りしているので時間をかけて案内するのはもう難しいかな」と残念そうに苦笑した。

 町役場を午前8時半に出発し最初に訪問した久野陶園から、参加者は笠間城跡や茨城県陶芸美術館に展示されている人間国宝松井康成(まついこうせい)さん(1927~2003年)の作品などを鑑賞し、同日夕の春風萬里荘まで計8カ所を訪れた。

 「新型コロナウイルスの影響で旅行を控えていたが、近場なので参加した」。益子町七井、加藤圭子(かとうけいこ)さん(57)は「日本遺産のストーリーの一端を学べた」と満足そうだった。

 ツアーでは元県立高教諭で笠間ふるさと案内人の会の南秀利(みなみひでとし)さん(83)がガイドを務め、笠間の歴史や構成文化財について丁寧に説明した。「観光ボランティアガイドましこ」副会長の同町塙、加藤義勝(かとうよしまさ)さん(75)は「ガイドの力量によって理解の度合いも異なる。非常に参考になった」と振り返る。

 「かさましこ」のストーリーを構成する文化財は益子18件、笠間17件。両市町の貴重な地域資源を地元住民自らが訪れ、見て触れて体感し、双方の魅力をまず市民レベルで発信したい。

 高齢化するガイドの育成や外国語も含めた案内・説明板の設置、新商品開発やサイクルツーリズムの構築など取り組むべき施策は多い。一方、東日本有数の陶芸の里である両市町の知名度や、車で片道約30分の近距離はコロナ禍のマイクロツーリズムにとっても大きなメリットと言える。

 5日、今度は笠間市民約30人が益子町を訪れ、西明寺や濱田庄司(はまだしょうじ)記念益子参考館などの構成文化財をバスツアーで巡る。