1位 「月夜と小ぐま」 石島たかを(鹿沼)

 初雪は、夕方から降り出して、やむ様子もない。明日の朝は、きっと積もってるだろう。

 ママが、忙しく寝室に入ってきた。

 手には、薄い雑誌を持っている。

 「ねえ、ママ…」菜央が呼びかける。菜央は小学校2年生。

 「なあに?」とこたえながら、ママは、菜央の弟の掛け布団を直してやっている。

 「ねえ、ママ…」ともう一度呼びかけてから、菜央は不安を口にする。

 「今日は、少し遅くなっても、パパが帰ってきて絵本読んでくれる、って言ってたでしょう? パパが来ないのは、雪が降ったから? それとも…」

 パパは、「ひめじじょう」っていうすごいお城のある県に単身赴任していて、関東地方の北部のこの家には、よくても1カ月に1回くらいしか帰ってこない。ここのところは仕事が忙しく、2カ月以上帰ってない。

 でも、今日は、久しぶりに帰るって言ってたのに…。

 菜央が言いよどんだところで、弟の達也が、「パパじゃなくってもいいから、早く読んで。タッちゃん、眠くなっちゃうでしょ」とだだをこねる。達也は、来年幼稚園の年長組。甘えん坊だ。自分のことも「タッちゃん」と呼ぶ。

 ママは、菜央に「いいわね」と目配せをする。菜央も、言いよどんだことを続けることができないで、小さくこっくりする。

 「じゃあ、読むわね」

 「月夜と小ぐま」

 月の輪の小ぐまは、あなの中で目をさましました。おなかがすいていたのです。

 小ぐまは、大きくのびをしました。

 そして、あなから首を出すと、外を見まわしました。

 小ぐまは、びっくりしました。

 まだ見たことのない、まっ白いものが、あたり一面に、しきつめられていたからです。その白いじゅうたんは、むこうの山までも、つづいていました。

 そして、月の光で銀色に光っていました。

 小ぐまは、空の月を見上げて、言いました。

 「こんばんは、お月さま。あなたはお月さまなのですね。だって、夜がこんなに明るいんだもの」

 小ぐまは小ぐまです。くまのことばきり話せません。でも、お月さまには、小ぐまの言うことがわかるのです。

 小ぐまは、あなからとびだすと、からだじゅうを雪でまっ白にさせて、山の急な斜面を、ころがるように走りおりました。

 山をおりた小ぐまは、くまざさのやぶや、低い木のしげみを通りぬけて、川ぎしに出ました。

 そこは、雪がふる前、小ぐまがよくお母さんぐまと魚をとりに来たところでした。でも、今はあつい氷がはっていました。それでも、小ぐまは、氷の下の魚をとろうとして、氷をわろうと、氷の上ではねはじめました。でも、小ぐまの重さでは、このあつい氷はわれなかったのです。小ぐまは、氷をわるのをあきらめて、向こうぎしに行こうと氷の上をわたりはじめました。川の向こうには畑があり、そこでやさいやくだものをとろうとしたのです。

 小ぐまが畑に来てみると、ここも雪でまっ白でした。小ぐまは、やさいやくだものが雪の下にうまっているのだろうと思って、あっちこっち、雪を掘りかえしました。けれども、雪の下から出てきたものは、かたくこおった黒い土ばかりだったのです。小ぐまは、ここでもあきらめなければなりませんでした。

 でも、小ぐまには、もう食べものを見つけるあてはなかったのです。それでも、おなかがすいているので、山へ帰ることもできません。小ぐまは、しかたなしに村の方へ歩いて行きました。

 小ぐまはふと立ちどまりました。向こうから、誰かがやってくるのが見えたからです。

 小ぐまは、どこかへかくれようと思いました。でも、まわりには、かげになるようなものは、何もなかったので、小ぐまは、しかたなしに、そのまま、こっちへやってくる人かげをじっと見つめていました。その人かげは、ずっと近づいてきて、小ぐまと10歩くらいのところで、はっとするようにぴたっととまりました。向こうも小ぐまを見つけたようです。

 月の光にすかすようにして見ると、それは小さな女の子でした。その女の子は、ちょっとのあいだ、だまって小ぐまを見ていましたが、やがて、「大きいいぬちゃん。あたし何もわるいことしないんだから、いじわるしないでね」と言うと、小ぐまをじっと見つめながら、小ぐまとは道の反対がわの端を、ぬき足、さし足でそっと歩いて来て、小ぐまのところをすぎると、小ぐまが来た方へ、いそいでかけて行ってしまいました。

 小ぐまが、また少し歩いて、ある家の前まで来たとき、遠くでてっぽうの音がしました。小ぐまは、その音におどろいて、その家のえんの下にもぐりこみました。

 達也の寝息が聞こえてきた。

 菜央は、ママが次を読まないうちに、さっき言いよどんだことを、思い切って話そうと思った。「パパが、帰ってこないのは…」

 眠っていたと思った達也が、パッと目を開いて、「こんなドキドキするとこで、やめちゃだめだよ」

 「そうよね」と言って、ママは続ける。

 でも、てっぽうはどうやら小ぐまをねらったのではないようです。小ぐまは、安心してえんの下から出ようとしました。

 「でも、長いから、途中は少し省略ね!」と、ママは、言葉をはさんだ。

 えんの下の外に男の子がいて「やい、でっかい犬、うちへ入って来いっ」て。

 で、家の中で、何回かすもうをとったら、どんぶりいっぱいのごはんに、カツオブシをかけて出してくれたの。もちろん小ぐまは、夢中で食べたわ。男の子も、同じものを食べた後、すぐに寝てしまったので、小ぐまが、どうしようか迷っていると、だれかが帰ってきた音がして、いそいで外に逃げ出すの。

 おなかがいっぱいなので、まんぞくして山の方に歩いて行ったら、とつぜんうしろでてっぽうの音がするの。小ぐまをおいかけるように何回もよ。じゃあ、続きを読むわね。

 小ぐまは、うしろも見ずに走りました。山に入っても、ころがるようにして走りに走りました。

 ふと気がつくと、もうてっぽうの音はしていませんでした。

 小ぐまは、ずっと高くまで山をのぼって、もう小ぐまのあなの近くまできていたのです。小ぐまは、そこからじぶんのあなまでは、ゆっくり歩きました。もう、だれもおって来ないようです。小ぐまは、じぶんのあなの前でそれをもう一どたしかめると、あなの中に入って行きました。

 でも、また出て来たのです。

 そして、うしろ足で立つと、月をあおぎ見ました。そして、言いました。

 「お月さま。おやすみなさい」

 小ぐまは小ぐまです。くまのことばきり話せません。でも、お月さまには、小ぐまの言うことがわかるのです。

 お月さまは、それにこたえて言いました。

 「小ぐまさん、おやすみなさい。また、春になったらあいましょう」

 小ぐまは小ぐまです。くまのことばきり話せません。小ぐまには、お月さまの言ったことがわかりませんでした。

 でも、いいのです。小ぐまは、春になったらきっと出てきます。そして、また、お月さまに話しかけるでしょう。

 春はまだまだ先のことです。きびしい冬がまだまだつづきます。

 小ぐまは、母ぐまの胸にだかれて、あなの中でぐっすりねむります。身じろぎもしないで、ぐっすりねむります。

 春はまだまだ先のことなのです。

 外では、こんこんと雪がふります。

 「おしまい」と、ママ。

 達也の寝息は本物らしい。

 菜央は、今度こそ、と思い切って話し始めた。「今のお話は、ママぐまと小ぐまが出て来て、あのー、それで、パパぐまは出てこないでしょう? だから…」。全部言い切らないうちに、ママがさえぎるように言った。

 「なあんだ、そんなこと心配してたの? 菜央があんまり深刻そうだから、ママも胸がドキドキしちゃった」。それから、「リ・コ・ン」と、一音一音区切って言いながら、「離婚なんてしない、しない。パパは、今度単身赴任が終わって、こっちへ戻れることになったの。まだはっきり決まってなかったから、2人にも言えなかったんだけど。それで、今日も戻れなくて…」。

 「パパがこっち来ちゃったら、ひめじじょう見らんないよ。約束でしょっ、見るの」

 眠ってたと思っていた達也が、とつぜん大きな声を出した。

 「そうだったわね。じゃあ、パパが引っ越しするときに、皆んなでお手伝いに行って、そのとき見ましょうね」

 「よし、やったあ!」と言うそばから、達也はもう寝息を立てている。

 ママは、また達也の布団を直しながら、菜央ににっこりした。「このお話はね、パパが高校生のときに書いたのよ! おやすみ!」と、またにっこりして、寝室を出て行った。

 菜央は、なんだか涙がとまらなくなった。

 でも、母ぐまの温かい胸の中で眠る小ぐまを想像すると、幸せな気持ちになった。

 そして、雪に包まれた小ぐまが春を待つように、安らかな気持ちでぐっすり眠った。