粉川昭一氏

 「人生、苦難が多かった」と振り返る。最大のピンチは28歳の時。父親が急逝し機械製造会社を継いだが、間もなくバブルが弾け仕事は激減。「半年先が見えなくなった」

 そこで始めたのがホテルや旅館などのビルメンテナンス業だった。「10年間、ほぼ休みなく働いた」。苦しい時こそ「何事にも真摯(しんし)に向き合い、小さな喜びを楽しむ」と忍耐強さをのぞかせる。

 2010年に市議初当選。30代から青年会議所活動などを共にした故大嶋一生(おおしまかずお)市長に「一緒に出馬しよう」と誘われ政治を志した。盟友の「信条を引き継ぎつつ、次の段階へ発展させる」。

 05年大沢小の女児が殺害された事件後、発足した自主防犯団体「大沢ひまわり隊」の生みの親で初代隊長。地域の安全安心に注力し、まちづくりは「官民一体で進めることが重要」と心に刻む。

 新潟県長岡市生まれ。高校3年時、父親の起業を機に親族のいる市内へ移住した。木和田島に母、妻、長男、長女と5人暮らし。