江戸時代後期に再建され現存ずる熊野女体神社本殿

本殿に施された獅子鼻と象鼻の彫り物

本殿に施された雲龍などの彫り物

文政7年の建築年や彫物師などの名前が墨書されたヒノキの棟札(縦約103センチ、横約28センチ、厚さ約1・5センチ)

江戸時代後期に再建され現存ずる熊野女体神社本殿 本殿に施された獅子鼻と象鼻の彫り物 本殿に施された雲龍などの彫り物 文政7年の建築年や彫物師などの名前が墨書されたヒノキの棟札(縦約103センチ、横約28センチ、厚さ約1・5センチ)

 【真岡】市教委は26日までに、江戸時代後期に再建され現存する台町の熊野女体(にょたい)神社本殿と、建築年や大工棟梁(とうりょう)、彫物師、飾金具師の名前などが墨書された棟札(むなふだ)4枚を市有形文化財に指定した。

 創建は、真岡城主の芳賀伊賀守高継(たかつぐ)が天正年間に真岡城の守護神として紀州熊野権現を勧請したと伝わる。城下町民の寄進により文政7(1824)年に再建。昭和14(1939)年には近隣火災による類焼で拝殿を焼失したが、本殿と鳥居は難を免れ現在に至っている。

 市教委によると、本殿は木造こけらぶきで県内でも数少ない隅木入(すみきいり)春日(かすが)造(づくり)の一間社。華やかな装飾細部を上部にちりばめた意匠であり、棟札には日光東照宮五重塔の彫物方棟梁の門弟の名前が記されるなど当時最上級の技量を有する彫物師や飾金具師が携わったという。

 氏子総代会長の伊藤義男(いとうよしお)さん(77)=台町=や大前神社の柳田耕太(やなぎたこうた)宮司が昨年7月に「大変貴重な装飾が施されている」などと調査を依頼し、市教委が市出身の上野勝久(うえのかつひさ)東京芸術大大学院教授らの協力を得て確認作業を開始。

 上野教授の報告を踏まえ、市文化財保護審議会は今月2日に「近世後期における本格的な本殿建築として高い歴史的価値が認められる」などと答申し、市教委が22日に指定した。市有形文化財指定は91件目。