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日光杉並木が直面した戦時中の伐採運動 「お国のため」世相に翻弄、危機救った地元県議の進言

危機編 軍需造船供木運動

11:30

 並木の連なりを断つように、朽ちた切り株が残る。夕闇が落ちる中、行き交う車の光跡がやいばのようにかすめていった。

 

杉並木の連続性を断つ、朽ちた切り株。戦時中に供木の議論が巻き起こり、会津西街道の数本が伐採された=5月29日夜、日光市大桑町(20秒露光)
杉並木の連続性を断つ、朽ちた切り株。戦時中に供木の議論が巻き起こり、会津西街道の数本が伐採された=5月29日夜、日光市大桑町(20秒露光)

 

 日光杉並木は明治期以降、幾度も伐採の危機に遭った。特に全国的関心を集めたのが、第2次世界大戦中の軍需造船供木運動だ。戦地に人や物資を送る艦船建造の木材供出が急務となり、国史蹟の杉並木も「全木伐採するべきだ」と議論が巻き起こった。

 

日光杉並木の供木に関する1943年の本紙記事。右から「観光日光も決戦即応」(2月22日付)「杉並木の供木陳情」(2月26日付)「日光の杉並木応召」(7月3日付)
日光杉並木の供木に関する1943年の本紙記事。右から「観光日光も決戦即応」(2月22日付)「杉並木の供木陳情」(2月26日付)「日光の杉並木応召」(7月3日付)