「今日をもって私は現役を…」。あいさつが、最後までこだわり続けたあの2文字に差し掛かった時、スタンドから悲鳴にも似た叫びが聞こえてきた。「言わないで」「まだできる」。その時、マイクを握る村田修一とスタンドが一体となったように感じた。2018年9月9日、小山市運動公園野球場。野球の独立リーグBCリーグ栃木ゴールデンブレーブス対群馬ダイヤモンドペガサス戦。「30年間の野球人生に悔いなし」。このゲームをもって村田はプロ野球人生に終止符を打った。

 斎藤泰行・文 荒井修・写真

 

当日券に長蛇の列

 6025人。9月9日の村田のファイナルゲームに訪れた観客の人数だ。栃木ゴールデンブレーブス(GB)の公式戦主催試合で今シーズン最多の観客動員数となった。この日は午後1時の試合開始にもかかわらず、早朝から球団関係者は準備に追われた。ファンも試合開始を待ちきれなかった。午前9時にはすでに当日券を買い求める観客が長蛇の列を作っていた。

 球場の外には村田のNPB(日本野球機構)時代に親交があった選手有志が贈ったフラワーボードが飾られた。ボードには大きく白い文字で「WE❤SHU」と書かれていて、その下に読売ジャイアンツの阿部慎之助、坂本勇人、岡本和真をはじめ、村田と同世代で今シーズン引退を表明した杉内俊哉ら27人のプロ野球選手の名前があった。村田の巨人時代、横浜ベイスターズ時代、さらには東福岡高校時代のユニホームを着たファンがこのボードの前で記念撮影をしていた。他にも福岡ソフトバンクホークスの内川聖一らから贈られた花が球場に飾られた。

 球場の外壁には特大の村田の写真がプリントされた垂れ幕が三つ下がっていた。球場正面では下野新聞社が企画した「村田修一応援バナー」の除幕式が行われた。村田を応援する550の企業、団体、個人名が記されている。縦3・6㍍、横5・4㍍の大型バナーは試合終了後村田に贈呈された。バナーに名前が記された新潟県長岡市の会社員中林遼太さん(27)はベイスターズ時代からの村田ファンだ。この日は巨人時代の村田のユニホームを着て新潟から駆けつけた。

「村田選手は前にボールが飛ばなくても格好いい。打席に立っている時の姿も様になっています。今シーズンは新潟アルビレックスBCとの試合を見に行きました。最後の試合となってさみしいですけどしょうがないですね。昔は活躍したのにひっそりと引退していくプロ野球選手が多い中、これだけ盛大な引退セレモニーがあるだけでもファンとしてはうれしい」

 球場外ではこのほか村田のレプリカユニホームやボブルヘッド人形などが並ぶ記念グッズコーナーも作られ、ファンが列を作っていた。 

  通常、小山市運動公園野球場で栃木GBの公式戦主催試合が行われる場合、芝生の斜面になっている外野席は開放しない。しかし、この日だけは違った。外野席も多くのファンで埋まった。ファンの手には「村田ボード」と名前が付けられたA3の大きさの黄色に大きく「25」と描かれた厚紙が配られた。この村田のラストゲームは地元小山市のケーブルテレビ局「テレビ小山放送」が試合終了後のセレモニーまで完全生中継を行った。解説は村田が横浜時代に監督を務めた大矢明彦氏が務めた。この日はあまりの観客の多さに入場制限をかけた。また、球場内に入れなかったファンのために球場正面玄関前に急きょ大型テレビモニターを設置。パイプ椅子が並べられ、ケーブルテレビの生中継を放送した。パイプ椅子も埋まっていった。村田のラストゲームを報道するメディア関係者もこの日は40人近い。あらかじめ広めにとってあった記者席も埋まり、立ち見で取材する記者もいた。

 舞台は整い、いよいよ午後1時のプレーボールを待つだけとなった。

 

チームプレーに徹した

  すでに東地区優勝を決めている群馬ダイヤモンドペガサスの先攻でゲームは始まった。群馬は後期戦で一度も勝てていない相手だ。栃木GBの先発はウーゴ。初回にいきなり2ランホームランを浴びた。群馬の先発は今季リーグ最多の15勝を挙げた左腕トーレス。NPBの1軍にいてもおかしくないピッチャーだ。

 

 初回、野崎新矢が中前打で出塁、飯原誉士も中前打で4番村田を迎えた。「4番サード村田修一」とアナウンスと、村田が登場曲にしていた米国黒人ラッパー、フロー・ライダーの「マイハウス」が球場内に流れると、観客席から一際大きな拍手が鳴り響いた。黄色い村田ボードも掲げられ、グラウンドは黄色に染まった。

 「修さん、一発」。観客席から声が響く。村田は初球をキャッチャーフライに打ち取られた。だが、周りが村田を盛り立てた。続く高野勇太が右前適時打、八木健史も左前2点適時打で3-2と逆転した。 

 試合はシーソーゲームの様相だった。三回表、群馬が2点を追加して3-4と逆転。しかし、四回裏、内山太嗣、橋爪脩祐、谷津鷹明の3連打で1点を返し同点とした。五回、村田は三振に倒れたが、高野、八木の連続二塁打などで3点を奪い7-4と再び逆転した。六回に2点奪われ、1点差に迫られた七回裏。先頭打者は村田だった。四打席目。「修さん、ホームラン」の声が飛ぶ。スタンドには再び村田ボードが掲げられた。応援団席では「一振りで勝利を呼び込む男…」と応援歌が響く。その声援が届いたのか、村田は痛烈な中前打を放った。

 役目を終えたかのように、トーレスがマウンドを降りた。一塁ベースの村田に近づき、抱き合った。「いいぞ、村田」のコールが球場を包んだ。村田はヘルメットを取ってそれに応えた。

 

 村田はルーカスの左越え二塁打で生還。8-6と群馬を突き放した。しかし、八回再び群馬が2点を追加し、追いつかれた。

 そして九回裏、打順は飯原からだった。中前打を打ち、村田に打順を回した。試合後のインタビューで飯原は「ホームランだけは打たないようにしました」と笑わせた。BCリーグ公式戦は延長戦はなく、勝っても負けても引き分けでも試合は九回で終わる。従ってこの打席が村田の最後の打席になる。無死一塁。追い込まれた5球目。一塁線に強い打球を放った。ファーストゴロ。ゲッツーになるかという当たりだったが、全力疾走し併殺は阻止した。

 ホームランが代名詞であり、ファンも村田の最後のホームランを見たかったに違いない。しかし、村田は最後までチームプレーに徹した。走者を進めたいという思いの右方向狙いだった。自分の記録よりもチームの勝利を優先するという村田のスタンスは最後まで変わらなかった。

 「サヨナラにつながる一打を打てれば、とそれだけでしたね。早いカウントからいきたかったですけど、最終打席でなかなかバットが出なかったですね。なんとか転がしてゲッツーにならないように全力疾走しました。最後なんでフルスイングしてもいいんでしょうけど、勝利最優先でチームのためにずっとやってきたので、そういう野球をしようと思いました」

 村田は最後の打席をこう振り返った。

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