拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様
手紙を書くのは今回で最後です。
今季のマス釣りシーズンも折り返し地点を過ぎました。暑さを避けるように各地から訪れた釣り人で、中禅寺湖は連日にぎわいをみせています。
ただし、マス類の中で最もセシウム濃度が低いヒメマスに限っても、国が魚の持ち帰り再開を容認する目安「50ベクレルを安定的に下回る」状況には至っていません。マス釣りの聖地が本来の姿を取り戻すのは、当分先のことになるでしょう。
あなたの死からちょうど100年がたった2011年初頭。マス釣りを楽しむあなたのセピア色の写真が、奥日光の至る所に張り出されました。漁協が新しいスローガン「歴史と伝統を未来へ」を打ち出し、由緒ある釣り場の開拓者として、あなたを釣り解禁の告知ポスターに初めて起用したのです。
直後に原発事故が起きました。経験したことのない苦難が続く中、漁協や組合員らはこれまで懸命に走り続けてきました。先人が築いた伝統や釣り文化を守り抜き、次世代に継承するためです。
グラバーさん。中禅寺湖にとって掛け替えのない恩人であるあなたは、5年前を境に、湖の再生を誓う人々の心のよりどころにもなったのです。
国際観光地をうたう日光では、どこか放射能汚染を話題にしづらい雰囲気があります。風評被害で観光客の足が遠のけば、地域経済の死活問題になるという訳です。しかし、セシウムが今後も長く存在し続けるのは紛れもない事実。現状から目を背け続けるだけで本当によいのでしょうか。
一方で放射能問題への世間の関心は薄れつつあります。福島以外の汚染が大きく報道されることはなく、世界的に貴重な生態系が広がる奥日光ですら、汚染の実相はほとんど知られていません。
このままでは全てが忘れ去られてしまう…。だからこそ「今」をきちんと書きとどめ、写真に残したいと思いました。私たちが奥日光に伝わる神話や信仰、避暑地としての輝かしい歴史などを大切にしているように、激動に見舞われたこの5年間を未来の人々にも語り継いでほしいのです。もう二度と、同じ悲劇が繰り返されないように。
聖地の象徴として人々の記憶に生き続けるであろうあなたに、私たちの思いを託します。一人でも多くの人にこの思いが届くことを願って。
敬具
(終わり)
グラバーメモ
■子孫と長崎の巡り合わせ
グラバー家の直系の子孫で存命なのは男性4人。皆が米国で暮らしている。
グラバーの息子倉場富三郎(くらばとみさぶろう)には子がいないが、娘ハナは英国人商人との間に2男2女を出産。4人のうち長男だけが1児を授かった。それがグラバーのひ孫に当たるロナルド・ベネットさん(84)=オハイオ州在住=だ。
長男ランデルさん(59)と次男デビッドさん(57)の2人の息子がいる。1987年に長崎を訪問、翌年誕生した孫サイラスさん(28)のミドルネームにグラバーと名付けるほど曽祖父を「心から尊敬している」という。
一族ゆかりの長崎とは巡り合わせがある。自宅近くの国立米空軍博物館で現在ボランティアをしており、展示された長崎原爆投下機「ボックスカー」を日々目にしている。投下作戦に参加した軍人に偶然会い、当日の経緯を尋ねたこともある。「投下を正当化する世論があった」と71年前を振り返る一方、曽祖父らが愛した街や市民の犠牲に胸を痛める。日系米国人としての複雑な感情をにじませつつ、こう言葉を続けた。「人類に核兵器は必要ない。核なき世界が実現することを願う」

ポストする![[1]あの事故から5年 伝えたい今](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/5/9/210m/img_59debe999582b53e43364ad62f94dd85260963.jpg)
![[2]放射性物質 この地に降り注ぐ](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/210m/img_a5d3ecb22ede901a4adeae96565c85b165700.jpg)
![[3]線量低下 ただ待つしか](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/210m/img_030ad155812c303a6a6f092d1546afab336126.jpg)
![[4]海水魚と条件違う淡水魚](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/9/2/210m/img_926ad5ca83b75b1df273cb6e425bcf8b201954.jpg)
![[5]ヒメマスは基準以下なのに](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/e/7/210m/img_e7c3bd0752ae6d44952aecf7123bcf71271930.jpg)
![[6]釣り人監視する悲しい光景](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/210m/img_aab20c57264ad2676fc3c482a52d48d2215706.jpg)
![[7]かつて険しい渓谷だった](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/c/4/210m/img_c43de6ca464bfa08cb893d7f355fcd48302656.jpg)
![[8]戦場ケ原伝説 今も色あせず](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/210m/img_973e068991295367e50ef9f5ed8d1887219006.jpg)
![[9]神仏宿る信仰の山々](https://soon.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/210m/img_7a20e8905333c1865279403a258a980e261233.jpg)















