拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様
北部のハイランド地方(高地)には、開発とは縁遠い荒涼とした大地が広がっています。氷河の浸食で形成された鋭い山や深い谷、細長い湖などが入り組む独特の光景は、まるで別の惑星のようです。
中でもグレンコーは国内で最も美しい渓谷として有名です。民族対立から17世紀に住民の大虐殺が起きた「嘆きの谷」。痛ましい歴史を持つこの地にも、30年前のあの事故の爪痕が刻まれています。つい最近も表層の土壌から、事故直後と同じ水準のセシウムが検出されました。
ハイランドの大地を覆うのはウイスキー造りにも使われる泥炭土(ピート)。泥炭土はセシウムをとどめにくい性質のため、そこで育つ植物が最もセシウムを取り込みやすいといわれています。
1986年4月26日午前1時23分。東欧ウクライナ(旧ソ連)のチェルノブイリ原発が、制御不能に陥った末に大爆発を起こしました。その後も火災は続き、福島の事故の約6倍ともされる520万テラベクレル(テラは1兆)の放射性物質を放出、北半球全体に拡散する史上最悪の原子力事故となりました。
6日後の5月2日には放射性雲が英国全土に広がり、スコットランド上空には翌日もとどまりました。そして、雲の通過と降雨が重なった地域が特に汚染されたのです。スコットランド南西部やイングランド湖水地方などです。
汚染が最も表面化したのがヒツジでした。泥炭地にある牧場が多く、セシウムを吸収した牧草を餌としたためです。翌6月にはヒツジの移動や食肉処理の禁止が決まり、対象は英国全体の9800牧場、400万頭に上りました。
スコットランドの全牧場で自由な出荷を認められたのは24年後の2010年です。2012年には英国全体の牧場が、ようやく規制から解放されました。
今問題となっているセシウムの半減期は約30年です。単純計算で事故当初のまだ半分。モニタリング検査は今も続いています。そもそも英国のラム肉の規制値は1キログラム当たり1千ベクレルと日本の基準(100ベクレル)より緩く、数百ベクレルの汚染が検出される個体が大半を占めるのが現状です。
淡水魚も例外ではありません。スコットランドに近い湖水地方では、中禅寺湖と同様にブラウントラウトの汚染が深刻でした。英国では2014年に淡水魚のモニタリングに終止符が打たれましたが、それでもなお、13年には湖水地方の小さな湖から100ベクレルを超える魚が確認されているのです。
グラバーメモ
■奥日光の今後占う事例
チェルノブイリ原発事故は、第1次産業を中心に欧州に大打撃を与えた。野生動物の食肉利用は今も厳しく制限され、北欧では汚染濃度の高い魚が確認されている。
森林がひどく汚染されたドイツでは、野生イノシシ肉のセシウム濃度が高止まりし、南部バイエルン州で2008~13年に検査した約4万頭のうち、2割が国の基準値1キログラム当たり600ベクレルを超えた。濃度は漸増傾向で、餌となるキノコ類も全検体の1割が600ベクレル超だった。
フィンランドでは汚染が深刻な湖から数千ベクレルの淡水魚が見つかっている。ノルウェーでは、湖のブラウントラウトの濃度を長期に追った研究があり、同種がすむ中禅寺湖の今後を占う事例としても注目される。その湖では事故4年後までは濃度が順調に減衰したが、直近の10年間は100~200ベクレルでほぼ横ばいとなっている。調査を続けるオスロ大自然史博物館のジョン・エドワード・ブリッテイン研究員は「セシウムの流入や流出量、湖底への堆積と溶出量の間に平衡状態が見えるが、長期的には半減期に沿って濃度は下がっていくだろう」と指摘した。

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