
1942(昭和17)年6月、中部太平洋のミッドウェー島周辺で日本軍と米軍が交戦した。日本側は航空母艦「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」が沈没、航空機約300機を失うなど大損害を受けた。このミッドウェー海戦を機に主導権は米国に傾いた。太平洋戦争の転換点とされる。
本紙は同11日付で戦況を伝える大本営発表を掲載。「ミツドウエー島も強襲す」「米海空兵力を殲滅(せんめつ)」などとの見出しを並べた。
戦果として航空母艦2隻を撃沈したと報じたが、実際は1隻だった。日本側の損害は航空母艦1隻喪失、1隻大破と発表された。4隻沈没との事実は隠された。
この年の4月18日には、米軍による初の本土空襲と呼ばれる「ドーリットル空襲」があり、東京や川崎市、横須賀市などが爆撃された。19日付の本紙は1面で「忽(たちま)ち九機撃墜」との見出しを付けて軍の発表を掲載した。しかし1機も撃墜できなかったのが実情だった。
本県では、7月に昭和天皇が現在の宇都宮市清原地区にあった宇都宮陸軍飛行場を訪問。陸軍による空地協同特別演習を見学した。