「関東屈指の山城」と名をはせる佐野市の唐沢山城跡が国史跡に指定されてから、今年で10年を迎えた。記念事業の一環として、市教委などは今月1日、城主らの屋敷があった西山麓の非公開区域を初めて公開した。想定を上回る300人以上が訪れ、関心の高さが改めて浮き彫りとなった。
史跡内には本丸を囲む高さ8メートル超の堅牢(けんろう)な高石垣などの城郭遺構が数多く残り、歴史ファンの人気も高い。節目をPRの契機と捉え、受け入れ態勢を整備し誘客の促進に引き続き力を入れてほしい。
この城は平将門(たいらのまさかど)を追討した藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の流れをくむ佐野氏が、地域支配の拠点として戦国時代に整備した。難攻不落の城として知られ、越後の軍神上杉謙信(うえすぎけんしん)や関東の覇者北条氏の猛攻にも耐え抜いたとされる。
国史跡に指定されたのは2014年3月。指定面積は、山城の史跡としては関東最大規模の194ヘクタールに上る。山上の城郭遺構に加え、山麓に城主らの屋敷跡群が確認されており、「中世の城館の変遷を知る上で重要な城跡」と評価されている。
ガイドや下草刈りなどを行う地元ボランティア団体のメンバーは「知られていない貴重な遺構がたくさんある。それらを見てもらえれば、素晴らしさをより理解してもらえるのではないか」と期待を寄せる。
初公開された区域を実際に訪れると、城主らの屋敷跡を守るようにめぐらされた長大な堀や土塁、物見台と推測される大岩など見どころがあった。これらの遺構を多くの人に見てもらえないのは、正直もったいない。
しかし公開には、案内板や見学路の設置などインフラ整備は欠かせない。市は基本計画を策定し、史跡整備の方針を定めている。計画にあるガイダンス施設は、学びや情報発信、ボランティアなどの活動拠点を想定している。魅力ある施設として早急な整備を目指したい。
史跡指定は、貴重な歴史遺産を郷土の宝として次世代に守り伝える絶好の機会でもある。次の10年、20年に向け、維持補修をはじめ、利活用に向けたインフラ整備を進めるべきだ。地元で暮らす人々の郷土愛の醸成につながる。インバウンド(訪日客)を見据えた中長期的な取り組みにも結び付くだろう。