妻とのすれ違いが始まったのは五年ほど前、ちょうど現市長の永川(ながかわ)が初当選した頃だった。妻とは職場結婚であり、彼女も堅魚(かつお)市役所に勤務していた。実は彼女は前市長の娘であり、永川が当選後に人事異動で市内の出張所に配置換えとなった。露骨な見せしめのような人事であった。一方、奨吾(しょうご)は同じ人事異動で係長に昇格した。夫婦が明暗を分けた形となり、この頃から徐々にすきま風が吹き始めた。

 今では完全に家庭内別居となっている。離婚も秒読みで、高校二年生になる娘の美海(みう)が二十歳になったら正式に離婚することが決まっていた。ちなみに美海も学校を休みがちで、つい先日も学校から連絡があり、このままだと進級が危ういと注意を受けた。奨吾の家庭は問題だらけなのだが、敢(あ)えて何も考えないようにしている。あと三年経てば離婚が成立するのだから、それまでの辛抱だ。

 奨吾はノートパソコンを膝の上に置き、動画投稿サイトに接続した。まずはバスケットボールのことをもっと勉強する必要がある。次第に瞼(まぶた)が重くなっていくのを感じながら、奨吾はNBAのスーパープレイ集を再生した。

「無理ですよ、係長。だってあと二カ月しかないやないですか」

「でも仕方ないだろ。市長直々のご命令なんだから」

 奨吾は部下の床山孝也(とこやまたかや)と話している。床山は奨吾より一回り下の三十六歳で、有能な若手職員だ。去年から商工観光課に配属されて奨吾の直属の部下となった。今回のバスケチームの件を彼に手伝ってもらおうと思い、一部始終を話したところだ。

「バスケットチームを作るなんて俺たちの業務の範疇(はんちゅう)やありませんって。俺たち公務員ですよ」

「そこをやるしかないんだよ、やるしか」

 奨吾にしても寝耳に水だ。申請の締め切りまであと二カ月。かなり厳しい戦いになるのは承知している。