いつのころからか「リブート」という作品展開を目にするようになった。パソコンの再起動から来ている言葉のようだが、物語の核の部分を維持した上で、その他の要素を設定し直して作品をつくる手法のことを指す。昔の作品をほぼ同じ体裁で作り直す「リメーク」や、脇役やサイドストーリーを膨らませる「スピンオフ」とは違い、作品の世界観を新たな視点でゼロから体験できるのが特徴だ。オリジナルのファンにとっては期待と不安を、未見の観客には出合いをもたらす、興味深い手法だ。
何度でも日本を襲う「ゴジラ」や、ハリウッドが量産しているアメコミヒーローものなどがリブートに当たるだろう。再起動成功の鍵は何よりオリジナルの知名度や面白さが握っている。そういう意味で今回ネットフリックスが手がけた「新幹線大爆破」は、1975年公開のオリジナルが傑作だったことから、いやが応でも期待が高まっていた。
「ポセイドン・アドベンチャー」「タワーリング・インフェルノ」などのパニック映画がブームとなった70年代、東映が日本発のノンストップサスペンスを目指して新幹線に目を付けた。「新幹線が一定の速度を下回ると爆発する」。そんな卓越したアイデアから生まれたのが「新幹線大爆破」(佐藤純弥監督)だ。
乗客約1500人を乗せた東京発博多行き「ひかり109号」に爆弾を仕掛けたと、国鉄に脅迫電話が入る。要求は500万ドル。爆弾は列車が時速80キロを下回ると爆発するという。息詰まる駆け引きを繰り広げる犯人と国鉄。ぎりぎりの運転を強いられる運転士。犯人逮捕に動く警察。それぞれの思惑と焦燥を載せて、新幹線は博多に向かって走り続ける。
撮影に当たっては国鉄の協力を得られなかったが、ミニチュアを使った特撮を駆使。犯人に高倉健、運転指令長に宇津井健、運転士に千葉真一、警察庁刑事部長に丹波哲郎などオールスターキャストをそろえ、海外でも通用する娯楽大作を目指した。
リブート版も基本コンセプトは同じで、標的になるのは新青森発東京行き東北新幹線「はやぶさ60号」。時速100キロを切ると爆発する爆弾が仕掛けられ、解除料1千億円が要求される。車掌の高市(草なぎ剛)、運転手の松本(のん)、総括指令長の笠置(斎藤工)らが危機を回避すべく死力を尽くす。
事件は75年版と同じ世界線で起こっており「まるで109号事案じゃないか」というせりふも。速度、身代金ともスケールアップした一方、事件解決までの猶予となる走行時間は半分以下と、サスペンス度はぎゅっと凝縮されている。
もともと75年版の大ファンだったという樋口真嗣監督は、走り続ける新幹線のリアリティーにこだわった。JR東日本の特別協力を得て、ダイヤの合間を縫って実際の新幹線を7往復走らせ撮影を敢行。並行して6分の1スケールのミニチュアの車両(といっても4メートルある)も作り、衝突や爆発などを特撮とCGで表現した。行く手に故障車両が止まっていて対向列車との衝突を回避する場面など、75年版のファンには胸アツなオマージュもちりばめられている。
一方で、登場人物たちへの焦点の当て方は75年版とは異なる。原作映画では冒頭から犯人グループが登場し、国鉄や警察との駆け引きがドラマの軸となる。倒産した工場の社長や元過激派といった犯人たちは高度成長社会から取り残された敗残者であり、彼らの抱くルサンチマンが時代に対するメッセージとなっていた。
これに対しリブート版は中盤まで犯人が誰か分からない。その代わり、スキャンダルを払拭する好機にしたい国会議員や元ニートの起業家、事故を起こした観光ヘリの社長と、どこかで聞いたような今風のキャラクターが乗客として車内をにぎわす。
そして名乗り出る意外な犯人。75年版があの高倉健だったことに比べればさすがに小粒感は否めず、その動機やどうやって爆弾を設置したかなどさまざまな意見があるところだろう。だが、個人の絶望を社会に転嫁する犯人像や、背景にあるマチズモへの抵抗などは現代的だとも言える。爆弾という分かりやすい手法ながら、システムを人質に取っている点でも原作当時より今にマッチしているかもしれない。
爆弾は解除できるのか、犯人は誰か、というサスペンスが一番の見どころではあるが、見終わって印象に残るのは、一致団結して危険に立ち向かう鉄道人たちの姿だった。高市は「お客さまを安全に目的地までお届けすること。それが俺たちがここにいる意味だ」と熱く語り、笠置らは専門知識と知力を結集して解決策を模索する。
彼らの姿は、同じ樋口監督による「シン・ゴジラ」でゴジラの活動を停止させる作戦を立案する専門家集団を思い起こさせる。プロフェッショナルの矜持を感じさせる「お仕事映画」という見方もできるだろう。高市はプロフェッショナルであるが故の一瞬の苦悩と決断を見せるが、それは75年版で宇津井健が演じた運転指令長の「命の重さ」の相対性を巡る葛藤にもつながっている。
リブート版は海外での反応も良好だという。本物の新幹線に特撮とCGを融合した迫力ある映像を実現、スケール感と興奮度から日本オリジナルの娯楽映画の可能性を示した。プロフェッショナリズムや人間の尊厳に対する問いも描き込んで、75年版の精神を受け継いだ再起動は成功したといえそうだ。(共同通信記者・加藤義久)
*「草なぎ剛」の「なぎ」は「弓ヘンに前の旧字体その下に刀」です。
かとう・よしひさ 文化部で映画や文芸の担当をしました。北三陸鉄道のお座敷列車で歌っていたのんが、岩手で新幹線を走らせます。感無量です。