アーティストや評論家、レコード会社スタッフやメディア関係者ら5000人超が投票に参加した国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」(MAJ)が、第1回の授賞式を京都市内で開催した。アメリカのグラミー賞を手本に、“音楽人”にとって優れた作品とは何か、世界に向けて発信しうる日本の音楽はどれかといった観点から、全62部門の受賞者を選出。主要6部門の中でも最も注目された最優秀アーティスト賞には「Mrs.GREEN APPLE」が選ばれ、最優秀楽曲賞は「Creepy Nuts」の「Bling―Bang―Bang―Born」が輝いた。
※末尾に6月2日のビルボードジャパンの発表を受けた追記があります。
【(1)ミセスにひときわ大きな歓声】
5月22日、会場となったロームシアター京都にはレッドカーペットが敷かれ、メディアの取材に応じる「YOASOBI」や藤井風ら日本を代表するアーティストの姿を一目見ようと、周辺にはファンも集まった。ひときわ大きな歓声が上がったのは、この日、最優秀アーティスト賞に輝いた3人組ロックバンド「Mrs.GREEN APPLE」だ。
大森元貴のハイトーンボーカルが似合う華やかなメロディーに、緻密な構成の楽曲で若い世代を中心に圧倒的な人気を誇るミセス。彼らの取材を重ねてきた音楽評論家の田家秀樹は、ボーカルでソングライターの大森について「天才と言わざるを得ない」ときっぱり。「彼は曲を作ることに悩んだことはないと話していた。曲ができてから、自分が思っていたこと、言いたかったことに気付く。詞と曲が同時にできて、それも速い」
弾けるような明るさのポップな「ライラック」から、死の気配さえ漂わせる内省的でダークな最新曲の「天国」まで、大森の書く曲は幅広い。
田家は手放しで称賛する。「彼にはどこか人生を達観しているようなところがある。こんな詞だったのかいう表現が随所にあって驚かされるし、明るい青春を歌いながら、青春の影も忍ばせるしたたかさがある。大多数の人が通る道があったとして、それに加われない人のことを歌っている。ポップな印象だけど、物事をシリアスに捉えつつエンタメに変えることができる」
ロックバンドでありながら、メディアでの存在感も抜群の3人。テレビのバラエティー番組にも積極的に出演して三者三様のキャラクターを売り出すほか、大森は今年4月公開の映画「#真相をお話しします」にアイドルグループ「timelesz」の菊池風磨とダブル主演し、NHKの連続テレビ小説「あんぱん」への出演も予定するなど、俳優へ活動領域を広げる。
ビジュアルにもこだわりを見せる3人はこの日、京都にちなんだ「和」を意識しつつゴールドを取り入れた装いで登場。授賞式では今年1月リリースの「ダーリン」をパフォーマンス。大森はオーケストラを従え、貫禄たっぷりにハイトーンを響かせた。
最優秀アルバム賞に輝いた藤井風は、授賞式終盤、ミセスの圧倒的な活躍を「もういいかげんにしてほしいですよね。ちょっとやり過ぎですね」と冗談交じりにたたえた。
受賞直後の囲み取材で大森は、最優秀アーティスト賞について「ちょっと、大きい名前だね」。実はどきどきしていたと明かした大森は、続けて語った。「自分たち自身、楽しんで活動して、すごく充実した毎日を送れている。そういう自負はあったので、本当に報われる気がしてうれしいです」
【(2)若手がもらってうれしい賞を】
日本レコード協会など音楽業界の主要5団体からなる「カルチャーアンドエンタテインメント産業振興会(CEIPA)」が創設し、文化庁と経済産業省が後援するMAJ。CEIPAの理事長を務める、レコード協会の村松俊亮会長(ソニー・ミュージックエンタテインメント社長)は、賞の設立を発表した2024年10月の記者会見で「日本の音楽がストリーミングサービスの拡大で海外とボーダーレスにつながり、ファンを熱狂させることも増えている。日本をはじめ、アジアの音楽を海外に発信し、日本の音楽をグローバルに誇れるものとしたい」と狙いを語っていた。
飽和状態の日本の音楽市場から海外に打って出るアーティストにとって、足がかりになると期待されたのがMAJという訳だ。
国内の音楽賞には、年末の風物詩「日本レコード大賞」や、売り上げ実績に基づく「日本ゴールドディスク大賞」などがあるが、音楽業界の関係者からは「若いアーティストがもらってうれしい賞が、なかなかない」との声もあった。アーティストら“音楽人”が投票に参加することで、納得感と賞の格を高める狙もあったといえる。
CEIPA理事の稲葉豊・日本音楽出版社協会会長は「願わくば5年、10年、アメリカのグラミー賞のように長きにわたって続けていけたら」と力を込める。アジア版グラミー賞の創設は、賞を後押しする文化庁の都倉俊一長官の念願だ。最初の授賞式の会場に京都が選ばれたのも、文化庁が京都に拠点を置いていることに加え、海外発信を見込んでのこと。授賞式では、1980年代初頭に世界を席巻した「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」の「ライディーン」を基調に、日本趣味を強調するかのようなパフォーマンスが展開された。
【(3)ストリーミング時代の聴き方反映】
音楽チャートを席巻しているミセスの最優秀アーティスト賞受賞に異論はないだろう。授賞式の1週間前に発表されたビルボードジャパンのチャートでは、1~3位をミセスの楽曲が独占、100位以内に新旧の楽曲計18曲を送り込むなど、その優位は揺らがない。昨年4月にリリースされた「ライラック」は、現在に至るまで1年以上、チャートの10位以内を維持し続けている。
ビルボードの日本版チャートを立ち上げたチャートディレクターの礒崎誠二は、多彩な楽曲を立て続けにリリースするミセスの戦略に「1カ月か2カ月の間、チャートを席巻することは予想していたと思うのですが、連続リリースすることでチャートに残り続けたり、昔の楽曲も上位に上がったりするとは、彼ら自身も想像していなかったのではないでしょうか」と指摘する。
礒崎は「1曲がヒットして、過去の楽曲が掘り起こされることは、星野源さんの『SUN』がヒットした時など、過去にもありました。それが、オーディオストリーミングが定着して、もっとやりやすくなったのでしょう」と語る。
最近では「怪獣」がヒットしたことで、ロックバンド「サカナクション」の過去の曲もチャートを上昇しているという。
日本では長く、熱心なファンがCDを購入することでアーティストを支える傾向が強かったとされるが、礒崎によると、近年ではそうした瞬間風速でチャート上位に入るのではなく、長く聴かれるアーティストも目立つようになってきた。その好例はボーイズグループ「Number_i」だという。「アーティストのプロダクトをいったん購入するだけではなく、長期的に触れて楽しむスタイルはますます増えていくでしょう」
ミセスの勢いも、古今の音楽にスマートフォンで簡単に触れられるようになったストリーミング時代の音楽の聴き方を反映する。
10月から12月にかけては五大ドームツアーを開催し、最後は4日間の東京ドーム公演で締めくくる。絶頂期と言えそうなミセス。彼らの時代は当面続きそうだ。
【(4)チャートから失われる新鮮さ】
だが懸念もある。それは音楽チャートの固定化という問題だ。音楽の聴かれ方がサブスクリプション中心になり、アプリでお薦めされるのは、どうしてもチャート上位の曲が中心になる。上位の曲がますます聴かれ、結果として順位の変動が少なくなっていく。音楽の聴取実態を正確に写し取ったがゆえに、驚きや新鮮さが失われていくというジレンマに、現代の音楽チャートは直面している。こうしたチャートの固定化は米国でより顕著だ。
礒崎は危機感を深めている。
「一般ユーザーの方々が一番聴くのは、トップ50のプレイリストです。その中に同じアーティストが何曲も入っていたら、それだけ何度も聴くでしょう。心配なのは、いつも同じようなプレイリストだと、ストリーミング離れを生みかねないということ。ヒットチャートを作る側としても何らかの対応というのは検討せざるを得ない」
【(5)世界にJポップの存在感】
とはいえ、ストリーミングが世界に向かう扉を開いたことは間違いない。藤井風は「死ぬのがいいわ」がタイで聴かれ始めたのをきっかけに、東南アジア各国やインドなどで人気を博し、YOASOBIの「アイドル」は2023年6月にビルボードのグローバルチャート(米国除く)で1位を獲得。世界にJポップの存在感を強く印象づけた。
海外で聴かれた日本の楽曲から選ぶ「トップ・グローバル・ヒット・フロム・ジャパン」を受賞したYOASOBIのコンポーザーのAyaseは、受賞後の囲み取材でMAJの意義についてこう語った。
「今から音楽を始めようと思っている日本の若い人たちの一つの目標になってくると思いますし、僕らもこれからまたこういう賞が頂けるよう頑張っていきたいと思います。こういった場をきっかけに、国内外問わずたくさんの方に日本の音楽の良さが広がってくれたらと思います」
ボーカルのikuraは、授賞式での歌唱の準備中「日本を代表するアーティストの皆さんがパフォーマンスする」と紹介され、「そうなんだ、自分たちはそういうふうになることができたんだ」と喜びがこみ上げたという。「日本の皆さんにとって誇りとなるようなアーティストで居続けなければいけないと思いました」
「Bling―Bang―Bang―Born」がTikTokなどを通じて世界でバイラルヒットしたCreepy NutsのDJ松永は、受賞後の取材に「サブスクとかでみんなが聞けるようになったからこそ『世界へ』みたいなワードに説得力が出て、ようやく本格的なアワードが日本で作れるような雰囲気になった」としみじみと語った。
1990~2000年代初頭ごろの「CDバブル」時代の話を世界各地で聞いてきたというDJ松永。「(自分たちは)割を食っている世代なのかなとも思う。ただ、手軽に音楽が世界で聴いてもらえるこの時代もやりがいがあって良いなと、最近思うようになりました」
ラッパーのR―指定も「こういうアワードがあることで、さらに世界と音楽でつながれるのは、めちゃくちゃうれしいです。その第一歩目になったと思います」と応じた。
【追記】ビルボードジャパンは6月2日、一定の週数を超えてチャートに入った楽曲のポイントを減算する「リカレントルール」を導入すると発表した。総合ソングチャート「JAPAN Hot 100」では、通算52週にわたってチャート入りした楽曲を対象に、順位算定のためのポイントを「一定の割合で減算」するという。
新ルールは6月4日発表分のチャートから適用。長くチャートに残るミセスをはじめとする人気アーティストの曲に一定の影響が出る可能性がある。
ミセスの大森はこの日、自身のXのアカウントに「常に新しい音楽が生まれるわけで、なにを等しいとするかの判断として、とても健全な気がしています。妥当な悔しさと安堵。全ての音楽に敬意を」と投稿した。ビルボードの発表を受けた所感とみられる。
総合ソングチャートはCDの売り上げ、ストリーミング配信の再生数、カラオケの人気、SNSの反響などを数値化して組み合わせて算出したポイントに基づく。「減算」対象となるのは、ストリーミングについてのポイントという。
(取材・文=共同通信 加藤駿、團奏帆、森原龍介 写真=前田篤宏※ステージ写真を除く)