Vulfpeck

 今年も夏の野外音楽フェスの季節が近づいてきた。日本を代表するフェスと言えば新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催される「フジロックフェスティバル」。7月25~27日に国内外の200組を超えるアーティストが緑豊かな山間の会場で祝祭空間を作り上げる。

 例年、注目されるのがメインのグリーンステージのトリを務めるヘッドライナーだ。近年ではOASIS(オアシス)再結成も話題となったノエル・ギャラガー、FOO FIGHTERS(フーファイターズ)、The Strokes(ザ・ストロークス)といったロックレジェンドや、アメリカのポップスターLizzo(リゾ)など大物が名前を連ねてきた。

 ただ、今年のヘッドライナーに起用されたアーティストの名前を聞いて、おやっと思った人も少なくないだろう。最も集客が期待される2日目、土曜の夜のメインステージに登場するのは、アメリカのVulfpeck(ヴルフペック)だ。

 現代最高峰のファンクバンドと評される彼ら。アメリカではよく知られた存在だが、日本での知名度は決して高くはない。しかも初来日。だが、フジロックが彼らを今年の顔に選んだ理由を主催者のSMASHの佐潟敏博社長に聞いていくと、現代において巨大なフェスを開催する難しさと同時に、まさに彼らしかないという物語が浮かび上がる。

【(1)これ以上出せない】

 拡大を続けるライブ、エンターテインメント市場にあって、洋楽主体のフジロックの最大の悩みは近年の円安だ。SMASHの佐潟氏は「何年か前までは、大物と値段のやりとりをしていましたけど、足元をみられてしまう」。

 今年、狙っていたのは実はイギリスのシンガー・ソングライターのCharli xcx(チャーリーxcx)。だが、佐潟氏によれば「金銭的にこれ以上は出せないとなりました。そういうケースは多いですね」という。「今の円安を考えると、最近はもうすっぱり諦めて、次(のアーティスト)に行こうとなりますね」

 2023年のリゾをはじめ、直前にキャンセルになったとはいえ、2024年にはSZA(シザ)を起用するなど、オルタナティブなロック路線からメインストリームのポップス路線へと幅を広げたように見えたフジロック。ただ、そうしたメインストリームのポップシンガーも「動員的には言われるほどではなく、(チケットの売れ行きも)厳しいことは厳しかった。まだまだ日本では浸透していなかったのかもしれない。あまり過信してはいけないと思いましたね」と佐潟氏は言う。

 粘りの交渉で大物を落とすよりも、フジらしい多彩なラインアップを目指すのがやはり大事なのだろう。

 「円安のことを考えると、海外の有名アーティストを何でもかんでもブッキングするわけにはいかないということが分かりました。その代わり、ヘッドライナーにある程度リーズナブルなアーティストを選ぶと、ほかのラインアップもバランスが取れる。ある意味で工夫のしどころがあります」

 そんな中で浮上したのがヴルフペックだった。

【(2)響き合った「持続可能性」】

 2011年、アメリカ中西部、ミシガン大に通っていた友人たちを中心に結成されたファンクバンド。日本でも、星野源を始めとするアーティストが熱視線を注ぐ“知る人ぞ知る”存在だ。最大の特徴は、大手のレコード会社と契約せず、自分たちで音源を制作し、ビデオを撮り、公演を企画し、プロモーションを仕掛けるというDIY精神にあふれた活動姿勢だ。巨大産業である音楽業界のメインストリームと距離を保ちながら、自力でアメリカの音楽の殿堂の一つ、ニューヨークのマディソンスクェアガーデンでの単独公演にこぎ着けた彼らの歩みは語りぐさだ。

 そんな彼らが掲げるキーワードが「持続可能性」。巨大な産業に巻き込まれることでメンバーが疲弊してしまうのではなく、自分たちのペースで、自分たちで決定権を持って活動を続けていく。その信念を徹底することで、常に新鮮な気持ちで音楽に向き合うことができるという訳だ。

 こうした彼らの姿勢は、「自然と音楽の共生」を掲げ、地域社会ともつながりながら、持続可能なフェスの在り方を模索してきたフジの姿勢にも通じる。佐潟氏は「今までやってきたフジロックのスタンスを彼らも認知してくれているのかと思います」と語る。

 フジ側も以前からヴルフペックには注目していたという。だが、好機がなかなか訪れない。「(比較的小さなステージの)『フィールド・オブ・ヘブン』とかに出したいと思っていたんですが、それではステージの予算をオーバーしてしまう」

 流れが変わったのが、ヴルフペックにも参加するギタリストのコリー・ウォンの存在だ。切れ味のある鮮やかなカッティングギターで人気の彼は、2023年にフジロックに出演。翌年にはソロの日本ツアーも果たした。その彼のステージに若いファンが詰めかける光景を見た佐潟氏は「グリーンのヘッドライナーもいけるかもと思ったんです」と語る。

 無理のないペースを大事にする彼らの今年のライブ予定は、たった3回。その貴重な1回がフジロックだ。1960~1970年代のモータウンをお手本にしながら、あくまでもシンプルな音でグルーヴを生み出す多幸感あふれるサウンド。コリー・ウォンに加え、現代最高のベースヒーローの一人、ジョー・ダートらの音に数万人が踊り明かす夜が今から思い浮かぶ。

 今年のチケットの売れ行きは順調だという。「フジロックの今年のカラーが分かりやすく示せた」と佐潟氏は自信を見せた。

【(3)出演順で演出する物語】

 今年のラインアップでもう一つ目立つのが日本のトップアーティストの参加だろう。ヴルフペックの前には大御所、山下達郎がグリーンステージに出演する。「10年前からずっと声をかけていたんですが、なかなかタイミングが合わなくて…。個人的にも、フジはハマるだろうなと思っていました」という、佐潟氏の念願かなっての出演だ。

 音響に厳しい山下達郎だが「グリーンステージは音響面で一番自信を持っているので、不安はないですね」ときっぱり。

 洋楽フェスとして、洋楽の比率を下げることはしないつもりだ。今を時めくVaundyやCreepy Nutsも出演するが、あくまでトリは海外勢。「そこが洋楽フェスのこだわりでもあります」

 海外勢と日本勢をどういう順番で並べるのかが物語の演出のしどころだ。海外のソウル、ファンクの影響も受けつつ、独自のシティーポップを作り出し、今や海外でも尊敬される山下達郎とヴルフペックを続けて出演させるのも演出の一つと言える。

 ここで佐潟氏の一押しを一つ。「今年僕がこだわっていたのはジェームス・ブレークです。ヴルフペック、山下達郎さんがいる2日目のグリーンステージで、達郎さんの前に、達郎さんもうなるようなアーティストを入れたいなと思ったんです」

 グリーンに次ぐ規模のホワイトステージにも物語はある。3日目の最終盤は、日本のオルタナティブロックをけん引する存在となった羊文学が出演し、トリはアメリカの3姉妹バンドHAIM(ハイム)が務める。

 「羊文学はライブをやるたびにうまくなっている。彼女たちをHAIMと並べたら、見え方としてもいいかなと」(佐潟氏)

 洋楽と邦楽のバランス、大物と新鋭、気鋭のアーティストのバランスも、一つの解にたどり着きつつあるようだ。

 「円安の影響でバジェット(予算)が限られていましたが、その中でのバランスが去年辺りはちょうど良かったと思います。もう少し邦楽を手厚くすれば、集客面ももう少し増えていくるんじゃないかと考えて今年のラインアップを決めました」。

 初日の金曜にはVaundyと、復活したSuchmosが出演する。平日のため動員が落ちがちな金曜だが、今年は土曜日のチケットと売れ行きの差があまりないという。「やっぱり邦楽が入ると強いですね」と佐潟氏は言う。

【(4)変わらぬ美学】

 今年、音楽業界関係者や音楽ファンの間に衝撃が走ったのは、8月に開催される大型の音楽フェス「サマーソニック」と同日にアメリカの人気シンガー・ソングライターのビリー・アイリッシュが単独公演を開くことだ。近年海外では大物のアーティストがフェスに頼らず、単独で大規模なツアーを行う例が目立ち、名だたるフェスがヘッドライナー探しに苦慮していると伝えられる。

 もっともフジがヘッドライナーで狙うようなアーティストとは公演の規模感も違うのだろう。その点でSMASHにあまり危機感はない。何しろ、ヴルフペックと並行して狙っていたヘッドライナーは、アメリカのKHRUANGBIN(クルアンビン)。フジには変わらぬ美学がある、と感じさせるエピソードだ。

 フジロックらしいチョイスは3日目のヘッドライナーも。2006年結成のアメリカ・インディーロックの雄Vampire Weekend(ヴァンパイア・ウィークエンド)。ザ・ストロークス後のアメリカのロックシーンを象徴するような軽やかでざらっとしたサウンドに、アフリカンミュージックへの接近も話題になった彼ら。2022年に出演したばかりではあるが、佐潟氏は「当時はまだコロナ禍があって、完全な形でこちらも迎え入れることができなかった。万全な状態で迎えたいという思いがありました」

 あの時の借りを返す。そうした物語もフェスにはつきものだ。「RADWIMPSもそうです。2021年、日本人だけで開催した時にヘッドライナーをやってもらったんです。リベンジではないですけど、彼らにもちゃんとした形で出てほしいと思いました」

 2014年の(新人の登竜門的)「ROOKIE A GO―GO」に出演したCreepy Nutsも、最終日のグリーンステージに登場する。「こんなにでかくなるとは思ってなかったですけど」と佐潟氏は笑う。彼らのフジ帰還も見物だ。

 とはいえ、Creepy Nutsにしても日本各地のフェスに出ずっぱり。あまり日本のアーティストに力を入れすぎても、フジらしさにはつながらない。

 22歳以下対象のチケット販売にも力を入れ、平均40歳前後という客層の若返りも狙う一歩法で、佐潟氏はこうも語る。「22歳以下対象のチケットを売って若い子も呼び込もうとしているんですけど、日本のバンドをブッキングしても、ほかの日本のフェスにも出てますので、あまりしゃにむにやっても…と思っています。それよりは、今までずっと来てくれるお客さんを大切にしつつ、安いチケットで一回でも来てもらって、気に入ってくれれば長く来てもらう方がいいかな。あまり『若い子』『若い子』って頑張ると、今まで来ているやつが『俺らはいいのかよ』みたいな話になっちゃうので」

 「やっぱりチケットは高いですしね。中学生まで無料なので、親と一緒に来てもらって、いつか帰ってきてもらえたらいいかな」

(取材・文 共同通信=森原龍介、團奏帆)