7月12日、大田原市蛭畑の天鷹酒造(尾崎宗範(おざきむねのり)社長)で、あるセミナーが開かれた。主催は、那須地域で革新的な技術の社会実装に取り組むナスコンバレー協議会(代表理事・井上高志(いのうえたかし)LIFFUL会長)。「サーキュラーエコノミー(循環経済)那須モデル」をテーマに視察・意見交換の場の一つとして選んだ。東京など都会を拠点に活動しているIT関係者らと田園地帯の伝統的な日本酒造りとの組み合わせが何とも意外に思え、のぞいてみた。

天鷹酒造と視察に訪れたナスコンバー協議会の一行=7月12日、大田原市
天鷹酒造と視察に訪れたナスコンバー協議会の一行=7月12日、大田原市
天鷹酒造視察でナスコンバレーの参加者を案内する尾崎社長=12日、大田原市
天鷹酒造視察でナスコンバレーの参加者を案内する尾崎社長=12日、大田原市

 尾崎社長は一行約25人を案内し、有機米を使った日本酒造りなど蔵の特徴を説明した。すると早速、参加者から有機米と通常の原料米で造った酒の味わいの違いについて質問が出された。確かに有機米の酒の味わいなど真剣に考えたこともなかっただけに、どんな回答になるか、私自身も注目した。

 尾崎社長は「酒としての味も香りも有機米以外と変わりない。ただ飲んでいただいたとき、データには出てこない、“やさしい味わい”がすると私どもは考えている」と答えた。

 天鷹酒造が有機米の酒に取り組む理由は、現在の食生活のキーワードともいえる食の安全安心に応えること。オーガニック(有機農法)に意識の高い海外市場を見据えたとき、大きなアピールポイントにするためだ。

 尾崎社長は米と水で造る日本酒と農業が一体であることを強調した。日本酒の原料米をJA、契約農家などから購入する一方、自社で社員自ら有機米などを栽培する。天鷹酒造が農地を所有できる法人を立ち上げたのは2018年。農薬、化学肥料を使わない有機JAS認証米を使った日本酒の拡大を目指している。

 最近の統計では農業従事者の平均年齢は69歳。今後を見通したとき、安定して原料米を確保できるようにするには自社で生産することも重要という認識からだ。耕作者が減り、それらの農地は規模の大きな農業法人に託されていくことが現実に動いている。しかし、こだわりの品種とか手間のかかる有機米となると、農業法人では対応できない。自社での生産能力を高めていくことが必須になる。「有機のほ場にするには2年間、農薬、化学肥料を使わないことが条件。それは一般な農業経営ではなかなかできない」と話す。

尾崎社長(左)と意見を交換するナスコンバレー参加者=7月12日、大田原市
尾崎社長(左)と意見を交換するナスコンバレー参加者=7月12日、大田原市

 意見交換では、消費者と農家を結び付けるシステム、副産物の新しい活用法について活発な発言があった。ある参加者は「都会に住んで田舎に畑と小屋を持ち、そこで週末を過ごすロシアの暮らし方『ダーチャ』というのを知っていますか。南海トラフ地震のような災害が起きたとき、住める所と食料を確保できる所が欲しいというニーズが高まっている」と切り出した。その仕組みづくりを提案し「酒蔵はその窓口としてキーになれる存在だと感じた。都会の人がそうしたことを享受できる仕組みができればうれしい」と述べた。

 尾崎社長も首都圏に通勤できる那須地域がそうした場所として適地であることを説明し、行政やJAなどとともに取り組むことに期待を寄せた。

 天鷹酒造ではぬかのほかに年間約30トンの酒粕(かす)が出る。食品の原材料に用いるには乾燥させる必要があり、その乾燥費用がネックになっているという。

 すると、参加者からは那須高原りんどう湖ファミリー牧場で行っているバイオマス発電の排熱を活用する提案が出された。乾燥した酒かす粉を乳牛の餌に配合し、その生乳で作ったチーズは日本酒由来のチーズとなり、その酒かすを出した日本酒と一緒に味わうなんて、那須でしか味わえない付加価値の高いものになるのでないか-。

 尾崎社長は「そうしたことが可能なら、当社ばかりではなく、県内の酒蔵も助かる」。酒かすは冷蔵しないと腐ってしまい、保存など扱いに困っているのはどの酒蔵も同じという。新たな可能性を感じたようだった。

 「革新的な技術」と「伝統の酒造り」。この組み合わせが妙にしっくりはまっていたのが新鮮だった。日本酒の試飲も行われ、参加者は日本酒と農業の素晴らしさを感じながら味わっていた。「当社の有機米の酒4合瓶を1本購入していただくと、約0・9平方メートルの田んぼ維持に協力いただけることになる」。尾崎社長はそんな印象深いアピールも忘れなかった。

セミナー終了後に天鷹酒造の日本酒を試飲するナスコンバレーの参加者=7月12日、大田原市
セミナー終了後に天鷹酒造の日本酒を試飲するナスコンバレーの参加者=7月12日、大田原市

(伊藤一之)