NHK連続テレビ小説「あんぱん」(月―土曜)に、人気ロックバンド「Mrs.GREEN APPLE」のボーカル大森元貴が登場した。主人公の柳井嵩(北村匠海)と数々の作品を共に手がけることになる作曲家のいせたくや役。モデルは「見上げてごらん夜の星を」「手のひらを太陽に」などを生んだ作曲家のいずみたく。やなせたかしの盟友だ。
大森は今年公開の「#真相をお話しします」で映画に初出演したばかり。取材会では、朝ドラの出演オファーに「私を買いかぶってないだろうかと、すごく不安でした」とこぼしつつ「率直にすごく光栄でしたし、うれしかった」と笑顔を見せた。
制作統括の倉崎憲チーフ・プロデューサーは「朝ドラは異業種格闘技戦。いろんなジャンルで才能のある方に出ていただいてこそ、現場で化学反応が起こりやすい」と語る。途中から撮影に加わった大森だが「北村さんも、とてもやりやすく、ナチュラルに芝居に入っていけるとおっしゃっていた。われわれは現場で一役者として見ている」と太鼓判を押す。
最初に収録したのは、たくやがピアノを弾く場面。大森は「僕はピアノ弾きではないので、1週間ぐらい、CM撮影もレコーデイングの時も楽屋にピアノを用意してもらって、20秒でもあれば触るようにした」と明かす。バンドメンバーでキーボードの藤澤涼架にも弾き方を尋ねたが「1週間じゃ無理だよ」とあしらわれ「最終的には気合で乗り切った」。
一方、本業である歌のシーンでは、気遣いもあったという。「たくやはプレーヤーではないので、歌う時に少しためらいがあると思う。そこは大切にしたかった。『ミセス』はキーが高いですけど、たくやで歌う時はなるべくキーを抑えて、『ミセス』が“薫らない”よう、削る作業を意識した」
役作りでは、明るい金髪にしていた長い襟足をばっさりと切った。ためらいは「全然ない」。「朝ドラで黒髪になって襟足を切るから、その前は逆に伸ばして遊んでいこうかな、みたいな“朝ドラ逆算”でいろいろやりました」。ドラマでの見た目の変化を逆手に取ったイメージ戦略も張り巡らせる。そんなプロデューサー気質は、常にメディアの話題を席巻する大森の真骨頂だろう。
「ミセスでは他のメンバーのビジュアルも自分が監修しているので、髪の色も先々のリリースも含めて逆算して考えるんですが、朝ドラが基軸になったので、今後はノープランですね。どうしようかな。考えるのが楽しみ」
「手のひらを太陽に」など、誰もが口ずさめる名曲を数多く残したいずみたく。「シンパシーがあると言うと大変おこがましいんですけど…」と前置きしつつ「人を明るくしたいという根幹は通ずる部分があるのかな」。
曲をただヒットさせるだけでなく、SNS、テレビのバラエティーから、CM、映画、ドラマまで、メディアのあらゆるチャンネルに自分たちの存在を溶け込ませ、日常を明るく照らす大森。「コンビニに行ったら『ミセス』がいるとか、日常に当たり前に存在している大衆エンタメみたいなものを『ミセス』としては大切にしている」
一方ドラマでは、主人公の嵩の自信のなさにも共感したという。「承認欲求とか、自問し続けることとか、もの作りのつらさは、“端くれ”として自分もシンパシーを感じる。多くの人に音楽が届く身になっても、その自問は変わらない。(曲を書くのに)自分をずっと見つめ続けることって、正気の沙汰じゃない」
取材会では彼の本音が垣間見える瞬間も。「『あんぱん』はカフェでの撮影も多いですけど、日常ではもうカフェには行けない。非日常を生きることが仕事になってしまっているので、圧倒的な日常を描く現場はすごく癒やされる」
音楽ではバンドとスタッフをまとめ上げ、指示する立場の大森。ドラマでは一転して「用意してもらった言葉があって、どういう指示をいただいても対応できるようになろうとする。芝居の方が気が引き締まる」と笑う。チャートを席巻し、音楽では圧倒的な存在感の今もなお、新しい分野に挑むのは、環境を変えて刺激を受けるためでもあるのだろう。
「僕は自分に自信がないので、せっかく生きているなら楽しい方がいい。新たなことに挑戦させていただく機会をいただいたなら、精いっぱいの愛情でお返ししたい。スケジュールは忙しいんですけど、心は絶対忙しくなくて、本当に楽しくて充実しているなという気持ちと、でもどっか満たされない気持ちもあって…」。明るさの中に、エンターテインメントのトップを走る孤独もにじむ。
ミセスの曲も、いずみたくのように世代を超えて歌い継がれるのか。ドラマを通じて「ものをつくる人として、自分の曲が何十年後まで残るかもしれないという自覚が芽生えたかもしれない」。当代きっての音楽家のこれからにも影響しそうな朝ドラ「あんぱん」から、目が離せない。
(取材・文 共同通信=森原龍介)