アメコミ生まれのヒーローが活躍する映画が次々と誕生、スクリーンを席巻している。人間らしい悩みを抱えていたり、チームを組んで闘ったりと、さまざまなパターンが生まれたが、そろそろ一回りしておなかいっぱいになってきた感もある。そんな中、スーパーヒーローの中のスーパーヒーローと言える「スーパーマン」が帰ってきた。今作は現実と地続きになっているかのような物語で、なぜヒーローものが描かれる必要があるのを語りかけている。
映画は、スーパーマン(デイビッド・コレンスウェット)が初めての敗北を喫して氷原で倒れている場面から始まる。あまりに有名な作品であるため、クリプトン星から地球にやって来た経緯などの導入部は大胆に省略。基地である「孤独の要塞」で傷を癒やしたスーパーマンは、天才科学者で大富豪である宿敵レックス・ルーサー(ニコラス・ホルト)との闘いに戻っていく。
ルーサーは隣国への侵略を企てている独裁国家ボラビアを支援しており、スーパーマンは戦地に飛んでいってそれを止めようとする。だが、市民からは「他国のことはほっとけよ」と言われ、メディアからも国際紛争に介入したと非難される。
ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルのガザ攻撃が続く2025年の夏にこの映画を見ている観客は、どうしても現実の世界を想起してしまう。記者であり恋人のロイス(レイチェル・ブロズナハン)から「事前に大統領に相談は?」などと正論で問い詰められ、スーパーマンは言い返す。「市民が殺されかけてたんだ!」。そのキレ気味の言葉に、リアルな危機感がにじむ。
スーパーマンはルーサーが交流サイト(SNS)で仕掛けた工作によって「エイリアン」とみなされ、炎上してしまう。エイリアンとは、よそ者であり非国民、現実世界に照らし合わせれば移民のことだ。
ジェームズ・ガン監督はインタビューなどで「スーパーマン」について「よそから来て米国に住んだ1人の移民の話」だと語っている。実際、1938年に原作コミックを手がけたジェリー・シーゲルとジョー・シャスターは、欧州から米国に逃れたユダヤ系移民の子として育った。スーパーマンを移民になぞらえたのには理由があり、物語は時代とシンクロし、不法移民の強制送還を進めるトランプ米政権に対する強烈な風刺となっている。
かつて「真実、正義、アメリカンウェイ(米国的価値観)」がモットーだった「スーパーマン」。「アメリカンウェイ」が大きく揺らいでいるのはさておき、立場によって異なる「正義」も少し違うのではないかという気がする。よそ者として批判されながら、区別することなくあらゆる人を救い、小さな生き物まで助ける。彼の信念は正義というより、圧倒的な「善」ではないだろうか。救いのない現実世界の中でそのようなスーパーヒーローを描くことは、単なる絵空事としてではなく、善なるものの可能性を示すものとして意義があるように思う。
現実世界で顕在化している移民問題をダイレクトに描いたのが、アレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスの共同監督による「入国審査」。ロハス監督の実体験にインスパイアされたスペイン映画だ。
米国への移民ビザを取得したダンス講師のスペイン人エレナ(ブルーナ・クッシ)と、ベネズエラ人のディエゴ(アルベルト・アンマン)。幸福感に満ちた2人をバルセロナの空港に運ぶタクシーの車内では、トランプ政権がメキシコとの国境に壁を建設するラジオのニュースが流れている。
2人は無事ニューヨークに到着するが、入国審査で止められ、別室へ連れて行かれる。入国の目的は何か、チケットはどこで買ったのか、誰が荷造りをしたのか。質問も反論も許されず、高圧的な審査官から問答無用の尋問が繰り返される。何が問題なのかも明かされず、狭い取調室の中で観客も一緒に不安といらだちを募らせることになる。
別々に尋問を受けることになったエレナとディエゴに向けて、プライバシーに踏み込んだ容赦ない質問が飛ぶ。相手を愛してる?嫉妬したことは?子どもは欲しい? 根掘り葉掘り聞かれるうちに、2人の間に小さな亀裂が生まれ、少しずつ相手のことが信じられなくなっていく。自分は本当にこの人のことを知っているのだろうか―。
やましいことがないのに緊張を強いられた体験は、外国に旅行したことのある人なら誰にでもあるだろう。そんな不安を描いたわずか77分の密室劇が、世界にまん延する排外的な風潮と相まってタイムリーな心理サスペンスとなった。
映画と移民といえば、1988年にアカデミー賞を受賞したビリー・ワイルダー監督のスピーチを思い出す。後に「アパートの鍵貸します」などの傑作を生む若き日の名匠はナチスから逃れて米国に渡るが、移民ビザ取得のためいったん出国したメキシコの米国領事館で書類不備のため足止めされる。ユダヤ系であるため、ドイツに戻れば収容所に送られる。ここまでかと観念するが、職業を聞かれて「映画の脚本家です」と答えたワイルダーに、担当者は「いいものを書けよ」と言ってスタンプを押してくれたという。授賞式でささげたのは、この名前も分からない男性への感謝だった。
これが移民たちがつくった国で大切にされていた「アメリカンウェイ」だったのではないかと思う。(共同通信記者 加藤義久)
かとう・よしひさ 文化部で映画や文芸を担当しました。「スーパーマン」では赤いマントのスーパードッグ・クリプトが大活躍。うちの猫もあれくらいなついてくれればうれしいのだが。