浅草-東武日光、鬼怒川温泉駅を結ぶ東武鉄道の特急スペーシアX。2023年7月に運行を開始し、今年2月に輸送実績100万人を超えた。7月には世界三大デザイン賞の一つとされる「レッドドット賞 プロダクトデザイン2025」を受賞するなど話題が尽きない。

そんなスペーシアXの魅力の一つに、車窓の移り行く景色を眺めながらアルコールを味わえるカフェの存在を挙げたい。1号車では「GOEN CAFE SPACIAX(ゴエンカフェ スペーシアX)」が営業する。テイクアウトでも味わえるが、1号車のコックピットラウンジや6号車の個室に乗車した場合は整理券なしでカフェを利用できるのも魅力的だ。約2時間の旅でアルコールを堪能するなら、コックピットラウンジへの乗車をお薦めしたい。

先代のスペーシアにもビュッフェがあり、ビールや軽食などを提供していたが、新型コロナウイルス禍を境に営業を終了した。スペーシアXのカフェ営業はそれ以来となるが、単なる復活ではない。考え方と内容が全く異なる。ゴエンカフェ スペーシアXの運営について東武鉄道営業企画推進課課長補佐の田中諒(たなか・りょう)さんに聞いた。

昨今、観光特急の乗車目的は、移動手段としてだけでなく、乗車そのものや沿線地域を知る楽しみが加わった。スペーシアXはコンセプトに「Connect & Updatable(コネクト&アップデータブル)」を掲げる。カフェで提供する商品は「東武だけでつくるのではない。東武が沿線地域の事業者と連携、コラボレーションを重視することで地方創生につなげ、地域が主役になるような仕掛けを目指している」(田中さん)。
浅草から日光までは約2時間。お酒を飲むには意外と時間が短い。目的地に着いてからの行動にも配慮し、アルコール度数が高過ぎないクラフトビールを主力商品に据える。
4本のドラフトタワーからは沿線を中心にしたブルワリーが製造したクラフトビールが注ぎ出る。液種ビールの種類は順次入れ替わる。車内にはシートが6種あり、次回は別のシートで乗る楽しみがあるように、ビールも乗る度に新たな楽しみに触れられる、そんな仕掛けを入れている。
シグネチャービールは日光ブルーイング(日光市)の「日光ラガー」。日光には各国の大使館別荘が点在した歴史から、日光に根付いた“和魂洋才”の文化を表現。和の文化「わびさび」に通じるイタリアのピルスナーの考えとドライホップという革新的な製法を取り入れ、上品な香りと飲きない味わいにした。

江戸文化が根付く埼玉県川越市からはコエドブルワリーの「Ceder XPA(シダー・エックスピーエー)」。日光杉のチップを漬け込んでたる酒のような木の香るペールエールで、日光杉並木街道をイメージできるようにした。
これまでも渡邊佐平商店(日光市)の大吟醸酒かすを使って醸したろまんちっく村ブルワリー(宇都宮市)の「日光の余福」、伊澤いちご園(下野市)のとちあいかを使った「ストロベリー サワーエール」など、過去に約30種を提供している。
ビール以外では、ストークバレー(小山市)が日光のサンショウ、小山の桑の葉などのボタニカルを使って製造したクラフトジンのソーダ、片山酒造(日光市)や渡邊佐平商店の純米吟醸酒をオリジナルボトルで提供する。酒かすを練り込んだジェラートやバターサンドも用意している。
カフェの反響は、利用人員、売り上げとも「右肩上がり」という。田中さんは「旅情を感じながら車内で味わうクラフトビールを目当てにした新たなお客さまに乗車していただいているとみています。常連さんも出てきています。月1回以上、ラウンジに乗車するお客さまもいて、毎回、入れ替わるビールをお楽しみいただいている」と手応えを感じている。

7月前半には、利用者の要望を基にクラフトビールの飲み比べセットを試験的に販売。250ミリリットルを4種セット(2500円)で提供したところ、飛ぶように出て対応に苦慮する場面もあった。「どうやったら続けていけるのか、運用が課題です。提供するのにどうしても時間がかかるので、閑散期のサービスにするとか、種類を減らすとか、円滑な対応を検討していきたい」
これまでは車内の展開が中心だった。今後はイベントの参加、缶ビールの発売を進め、車外でクラフトビールなどのスペーシアXの魅力を発信していく考えだ。既に首都圏のイベントには参加しており、今後、大阪など関東圏以外のイベントに出店する予定。田中さんは「こうしたイベントで、ビールをきっかけにスペーシアXの魅力を伝えていきたい。東武鉄道がなぜビールイベントに出店しているんだと思ってもらい、スペーシアXに興味を持っていただけるようにしたい。缶ビールもスペーシアXを知っていただくきっかけになれば」と語る。
沿線事業者の「広告塔」の役割も果たしたいとも考える。車内でコラボレーション商品を食してもらい、沿線でその事業者を訪問するきっかけとなることも狙う。カフェは旅への期待を高める序章演出を担う。今後、どんなサービスが提供され、栃木県観光の付加価値を高め、地方創生をリードしていくのか注目していきたい。
東京での取材後、スペーシアXの車中で、私もビールカップを傾けた。猛暑に痛めつけられた体に、何物にも代え難いビールの味わいが染み渡った。
