床山(とこやま)が小声で言った。

「係長、ちょっとマズくないですか?」

「ああ。場合によっては俺が出る」

 記者たちは好き勝手に声を発している。麻理亜(まりあ)が咳(せき)払いをしてから言った。

「まずは私の方から説明させていただきます。六年前、秋田不動学園(あきたふどうがくえん)バスケットボール部において、悲しい事故が起きました。練習中、一人の男子部員が命を落としました。その部員の名前は常森(つねもり)君といって、当時……」

「あんたの説明は聞きたくない。早く選手を出してくれ」

 またしても最前列に陣取った記者が大声で言った。それに呼応する記者たち。麻理亜は困ったような顔でマイクを握り締めている。奨吾(しょうご)はネクタイを絞った。

 最悪なのは旬介(しゅんすけ)たちがこの場に出てきてしまうことだ。麻理亜を救わんがため、ここに出てきてしまう可能性はゼロではなかった。そうなってしまうとマスコミの格好の餌食となってしまう。それだけは何としても避けなければならない。

 記者たちはまだ騒いでいる。ここは俺が出るしかないか。奨吾が腰を浮かせたそのときだった。後方のドアが開き、一人の女性が中に入ってくるのが見えた。ロングスカートにデニムのジャケットを身にまとっている。黒い髪が印象的だった。麻理亜が活発な感じの女性であるのに対し、落ち着いた感じの女性であった。女性は麻理亜の隣にやってきて、記者たちに向かって頭を下げた。

「ご紹介いたします」麻理亜が隣に立つ女性を見て言った。「こちらは常森麻沙子(まさこ)さんです。六年前に亡くなった常森健斗(けんと)さんのお姉さんになります」

 記者たちが大人しくなった。いくらマスコミの人間といっても昨今はコンプライアンスや何やら厄介な時代である。常森健斗の姉は一般人であり、被害者側の人間だ。記者たちもそんな彼女にはあれこれ突っ込むことはできないのだろう。

「今日は私からの現状報告だけではなく、常森麻沙子さんから皆様に話しておきたいことがあるということなので、この場を設けさせていただきました。それでは常森さん、お願いします」