「F・IWAMORI」で談笑する染谷文恵さん(左)=東京都杉並区

 展示棟2階=東京都杉並区

 荻窪会談が行われた部屋=東京都杉並区

 荻外荘の窓=東京都杉並区

 荻外荘=東京都杉並区

 明治天皇荻窪御小休所=東京都杉並区

荻窪地図

 「F・IWAMORI」で談笑する染谷文恵さん(左)=東京都杉並区  展示棟2階=東京都杉並区  荻窪会談が行われた部屋=東京都杉並区  荻外荘の窓=東京都杉並区  荻外荘=東京都杉並区  明治天皇荻窪御小休所=東京都杉並区 荻窪地図

 著名人らの別荘地として発展した東京都杉並区荻窪には、善福寺川が流れ、公園がいくつも広がる。戦前、内閣総理大臣を3度務めた近衛文麿の邸宅跡を訪ねた。

 荻窪駅南口から3分ほど歩き「明治天皇荻窪御小休所」の石碑の脇を通り過ぎて南に約15分歩くと、丘の上に平屋建ての日本家屋が見えた。近衛家が暮らした史跡「荻外荘」だ。区が約10年かけて復元、周囲を含め荻外荘公園として整備した。

 玄関から入るとすぐに応接間があり、向かいに太鼓が置いてあった。「報道発表があると太鼓が打ち鳴らされ、近くに待機する記者たちが駆け付けたそうです」と施設長の五十嵐笑子さん。

 ひし形が連なるデザインの窓越しに庭の緑が見える広縁や食堂も美しいが、必見は1940年7月、独・伊とのさらなる連携など第2次近衛内閣の方針が話し合われた「荻窪会談」の舞台となった客間だ。室内はオリエント風の壁紙でまとめられ、深い赤色のソファがテーブルを囲む。当時の写真を元に風格ある空間が鮮やかに再現された。

 終戦後の45年12月、戦犯として出頭命令が出された文麿はこの邸宅の書斎で自決。当時のままという畳敷きの部屋は、静かな趣だった。

 荻外荘東側の通りを挟んで、建築家隈研吾さんが設計した展示棟も今年完成。1階はカフェで、屋根裏部屋のような造りの2階が展示室に。周囲には、音楽評論家の屋敷跡である大田黒公園や実業家角川源義の邸宅跡の庭園もある。

 カモを眺めながら善福寺川沿いを歩き、南口仲通りの商店街へ。この街で育った染谷文恵さんが営むカフェ「F・IWAMORI」に入った。自家製アイスクリームはコアントローが隠し味で、濃厚だが上品ですっきりとしたクリームが口の中で溶けていく。「出かけても、早く帰ってここでお茶をしようって思うの」と話す90歳の常連客に染谷さんが笑顔を向けた。

 【メモ】荻外荘観覧券は一般300円、水曜、年末年始は休園。