1.概要
私たちは日常生活の移動を安全に行うために、数歩先の状況を視覚的に確認し、その情報を基に動作を微調整することで、転倒につながる危険を未然に回避しています。この能力は予期的歩行調整能力(anticipatory locomotor adjustments(用語1))と呼ばれます。高齢者は加齢に伴いこの予期的歩行調整能力が低下し、その結果、予期せぬ転倒を招くことが知られています。
通常、この予測的歩行調整能力を測るには、高性能な三次元動作解析システム(モーションキャプチャ)を利用する必要があります。このため、高齢者の転倒予防評価など、大人数を対象とする転倒関連調査では、予測的歩行能力を評価することができませんでした。そこで本研究では、国際的に普及する転倒関連評価法に、わずかな改良を加えることで、高齢者の予測的な歩行調整能力を簡便に測る手法を考案しました。利用できる評価法として着目したのが、「Timed Up and Go test:TUG、図1左:用語2)」という国際的認知度の高いバランステストです。TUGは椅子から立ち上がり、3 m先の目標を迂回して椅子に戻るというシンプルな課題でありながら、複合的な動作を含み、予期的歩行調整の要素を反映しています。本研究では、このTUGをバージョンアップすることで、予期的歩行調整能力を簡便かつ直接的に評価する方法を検討しました。
東京都立大学大学院人間健康科学研究科 樋口貴広教授、坂崎純太郎(大学院生)、埼玉県立大学保健医療福祉学部 中村高仁助教、東京都立大学大学教育センター 児玉謙太郎准教授らは、TUGに障害物を追加した「障害物TUG」を新たに開発しました(図1右)。この課題で対象者は、椅子から立ち上がり、3 m先に配置された2本のポール状の障害物を回避して可能な限り早く椅子まで戻ることを求められます。この際に、2つの障害物の間にできた隙間の大きさを視覚的に判断し、隙間を通過するか、それとも大きく迂回をする必要がありますが、高齢者は先んじた歩行動作の微調整が困難となり、回避行動に時間を要したとしても、“1パターンな行動”、すなわち迂回ルートを繰り返し選択する傾向が高いと予想されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202509266007-O1-22i53e73】
図1. 本研究の概要図。本研究では、障害物の隙間を通る/迂回する判断課題から高齢者の予期的歩行調整能力を簡便に評価する試みを実施した。その結果、高齢者は若齢者よりも隙間通過の方が早く課題を遂行できるにも関わらず、「迂回」することを選好することがわかった。
本課題を高齢者38名、若齢者24名を対象に実施した結果、高齢者は障害物の間隔が十分に広く、隙間通過が容易な場合であったとしても、効率的な「隙間通過」より「迂回」を選ぶ傾向が強いことが示されました。さらに、高齢者はどちらのルートを選択する場合でも、歩幅・歩隔を狭める歩行パターンを一貫して取ることがわかりました。これらの結果は、高齢者が効率より歩行変動を小さくする1パターンな行動選択をしていることを明確に示しています。この成果は、高齢者の予期的歩行調整能力低下を簡便かつ直接的に評価する方法であり、今後の転倒予防研究や臨床評価に重要な知見を提供します。
2.ポイント
● 既存の歩行バランステストであるTUGに“障害物を1つ追加するのみ”で、高齢者の予測的歩行調整能力を簡便に評価できる可能性を示した(図1)。
● 高齢者は、早く課題を遂行するよりも迂回することを選択するという1パターンな回避行動をとることが確認された。
● その背景には、方向転換動作を実施する際に、歩隔を広げて隙間通過に適した歩行動作を調整することが難しいことが反映されていることが示された。
3.研究の背景
高齢者にとって転倒は重大な健康問題であり、転倒の多くは歩行中の方向転換や障害物回避といった動作中に頻回に発生します。こうした動作を安全に行うためには、事前に環境を認識して歩行を調整する「予期的歩行調整能力」が不可欠です。しかし、高齢者では加齢に伴う感覚機能(固有感覚・前庭機能など)の低下により、予期的歩行調整能力が低下することが知られており、その結果、効率性よりも行動変化を最小限にした1パターンな行動を取りやすくなります。
従来、TUGテストは、立ち上がり・歩行・方向転換・着座といった包括的な動作に要する時間を測定する簡便な方法として、転倒リスク評価に広く利用されてきました。TUGのみでは予期的歩行調整能力を直接的に捉えることは困難であるものの、その動作構成には予測的調整を必要とする要素が多く含まれており、工夫次第で予期的歩行調整能力を評価できる可能性を秘めています。そのため、高齢者がどのような戦略で歩行環境に適応しているのかを明確に把握できる新たな課題を考案し、高齢者の予期的歩行調整能力低下を直接的に評価できるか検討しました。
4.研究の詳細
本研究では、高齢者と若齢者を対象に、新規に考案した「障害物TUG課題」を実施しました(図1)。この課題では、中央のポールの左斜め前に追加のポールを置き、2本の間隔を参加者の肩幅に基づき4段階(0.9倍、1.05倍、1.2倍、1.35倍)で設定しました。対象者は“可能な限り早く”椅子から立ち上がり、2つのポール状の障害物を回避し、椅子まで戻ることを要求されます。つまり、早く課題を遂行するためには、障害物同士の隙間を通過するか、障害物を迂回するか、といったルート選択をしなければなりません。課題は「自由選択条件」と「強制選択条件」で行いました。自由選択条件では、参加者が自らルートを判断し、どの程度「通過」あるいは「迂回」を選ぶかを記録しました。強制選択条件では、実験者がルートを指定し、通過と迂回それぞれの所要時間を比較しました。この二つを比較することで、対象者がより早く戻れるルートを選択していたかを判断します。その他、歩行動作は三次元動作解析装置を用いて記録し、特に歩幅と歩隔を、ターンの前後4歩にわたって解析しました。
障害物TUGの自由選択条件における迂回ルートの選択割合の分析は、高齢者は若齢者と比較し、開口部が十分に広い場合(1.2倍、1.35倍)でも迂回を選ぶ割合が高い傾向が示されました(図2)。強制選択条件における所要時間の分析では、狭い開口幅(0.9倍、1.05倍)では迂回の方が速く、一方、広い開口幅(1.2倍、1.35倍)では「隙間通過」の方が明らかに所要時間を短い結果となりました。この二つの結果を統合して解釈すると、高齢者は、所要時間の短い効率的な「隙間通過」よりも迂回を選びやすい傾向がみられました。さらに歩行パターンの解析では、高齢者は若齢者に比べ、通過・迂回いずれの場合も歩幅を短くし、歩隔も狭いことがわかりました。若齢者が環境に応じて歩隔を柔軟に調整するのに対し、高齢者は条件を問わず狭い歩幅・歩隔を維持する「保守的な戦略」をとっていました。以上の結果から、高齢者は所要時間の短い効率的なルートよりも歩行動作の変化量を小さくする“1パターンな回避行動”を優先して選択しており、予期的歩行調整能力低下を反映していることが示唆されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202509266007-O2-BCiMGsP5】
図2. 迂回ルートを選択する割合。参加者の肩幅の相対値(0.9倍、1.05倍、1.2倍、1.35倍)の隙間幅で自由に回避を行った際の迂回ルート選択割合を示す。高齢者は、隙間幅が広い条件(1.2倍・1.35倍)でも、隙間通過の所要時間が短くても、迂回ルートを選択する傾向が示された。
5.研究の意義と波及効果
本研究の結果、障害物TUGは、高齢者の「効率的なルート(所要時間の短い隙間通過)」より、環境に応じた柔軟な行動選択不要な「1パターンなルート(迂回)」を採用しやすいという特徴を可視化することに成功しました。運動学的指標からも若齢者は状況に応じて歩隔を広げるなど柔軟に対応する傾向があるのに対し、高齢者は迂回・通過にかかわらず狭いステップ幅を維持する傾向を示しています。これは片脚支持時間を短縮し安定性を確保する戦略の一環と考えられる一方、環境への適応力低下を反映しているといえます。今後は、虚弱高齢者や脳卒中患者など対象を広げることで、障害物TUGを用いた「予測的歩行調整能力」の低下に基づく転倒リスクの評価や予防への応用が期待されます。
【用語解説】
(1) 予期的歩行調整能力(anticipatory locomotor adjustment)
歩行中に生じる環境変化や課題要求に対して、遠方の視覚情報を基に事前に運動を計画し調整する能力を指します。これは、転倒リスクの高い状況や障害物回避、方向転換などで特に重要となる予測的制御(feedforward control)の一部です。
(2) Timed Up and Go test(TUG)
高齢者や脳卒中者を中心に転倒リスクや移動能力を簡便に評価するための臨床評価です。方法はシンプルで、対象者が椅子から立ち上がり、3 m先まで歩いて方向転換をし、再び椅子に戻って着座するまでの所要時間を測定します。短時間で実施でき、特別な機器を必要としないため、国際的認知度の高い指標です。所要時間が延長している場合は、転倒リスクの増加や移動機能低下の可能性が示唆されます。
【論文情報】
タイトル:Timed Up-and-Go test with an obstacle: Evaluating anticipatory locomotor adjustments in older adults.
著者:Juntaro Sakazaki, Takahito Nakamura, Kentaro Kodama, and Takahiro Higuchi.
掲載誌:Journal of motor behavior
DOI:10.1080/00222895.2025.2559971
高齢者の予測的な歩行調整能力を簡便に測る手法を考案 ―国際的に普及するTimed Up and Go testの活用―
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