ショパン国際ピアノ・コンクールを主催するポーランドの国立フレデリック・ショパン研究所のアルトゥル・シュクレネル所長が17日、共同通信社などの取材に応じ、選考方法の課題や動画配信の手応え、「ショパンらしさ」とは何かについて語った。(取材・文 共同通信=田北明大)
―コンクールのライブ配信は多くの人が視聴し、コメントを寄せています。今回、TikTokでの配信も始めました。動画配信の反応について、手応えを感じていますか?
「知名度がとても高くなりました。たとえば(3次予選の)最後のセクションの視聴回数は12時間で130万回に達しました。本選の視聴者はさらに多くなるはずで、どうなるか楽しみです。これはとてもうれしいことです。このコンクールをきっかけとして、世界中のクラシック音楽の愛好家が集まる場を作りたいと思っています」
「そのために、動画配信向けに演奏の間に(ショパンについて演奏家などに語ってもらう)『ショパントーク』を入れたり、会場で情報紙を毎日配布し、若い人にも無理なくショパンを受け入れてもらえるように努力しています」
「一方で、こうした取り組みによってなるべく出場者に影響が出ないように気をつけてもいます。撮影するカメラの位置も、演奏が始まってからは動かないようにするなど工夫しています。また、メディアの取材に応じるかどうかも出場者に任せています。ただ、若い世代はSNSに慣れているので、自分から話したいという人も増えました」
「前回のコンクールを撮影し、日本でも上映しているドキュメンタリー映画『ピアノフォルテ』は、初めてコンクール中に撮影クルーが入りました。出場者もどんな映画になるか分からず不安だったと思いますが、結局映画はいかに彼らがプロフェッショナルのピアニストになるために命がけで取り組んでいるかを示すものになりました。今回も撮影クルーが入り、同じ監督がテレビドラマを作っています。映画に出て知名度が上がった人もいるので、逆に今回は(自分から)出たいという方もいました」
―動画の再生回数や反応が審査に影響することはないでしょうか?
「(答えるのは)難しいですね。自分は審査員ではないですから。ルールでは演奏を審査することになっていますので、審査員を信頼しないといけませんね」
―本選では協奏曲を演奏しますが、経験を事前に積んでいる人もいればそうでない人もいて、公平性の観点からどうなのかと思うこともあります。
「それはどうにもできないことです。本選と同じオーケストラ、指揮者と事前に共演している人もいますし、初めてオーケストラと弾くという人もいる。ですが、本選はあくまで本選で別ものです。ただ、一つ検討しているのは、ショパンコンクールに何回出場できるかについて制限を設けることです。2回までにする、とかです」
―出場者同士で経験に差が出てしまうからでしょうか?
「理由は多くあります。たとえば、2回参加している30歳の出場者で前回も本選に進んだ人と、16歳で初めて出場する人は経験に差があり別世界です。その人たちをどう比べることができるのかという問題があります。それから、あまりに若い、教育中のピアニストがコンクールに出て結果が振るわなかった時、本人にどのような影響を与えるかについても、ちょっと考えることがあります」
「また(出場者を決める)一番最初のビデオ審査や予備予選の選考のあり方をどうするかも検討しています。というのも、予備予選の時点で既に演奏のレベルが高く、審査員からは『予選と同じくらいのレベルになっている』との感想も出ました。この段階から技術のレベルではなく『ショパンの音楽をどう弾くか』を審査したので、いくら素晴らしい演奏をしてもショパンを弾くには何かが足りないという理由で通らなかったピアニストも多くいました。現行のビデオ審査で出場者の才能を見極めるのは限界があります。なので次回からは各国で予備審査をやるということも考えています」
―ある審査員がこのコンクール期間中、コンクールでのショパンの演奏の仕方などに苦言を呈したという報道がありました。
「それについては詳しくコメントできないのですが、その先生はとても大事なポイントを挙げたと思います。ショパンの演奏の伝統に基づく純粋さに関することです。長いコンクールの歴史の中で、どの点を重視するかは常に議論になっています。ただ、そうした議論が続いているのはいいことだとも思います。コンクールが一つのことに縛られていないということなので。新しいアーティストを招いて、その人のショパンの解釈を聴くことができる。残念ながら、ショパン本人の演奏の録音は残っていないので、毎回出場者が自分の解釈を多くの人に知ってもらえる。それは魅力的なことだと思います」
―研究所が思い描くショパンらしさとは?
「よく暗い気持ちやノスタルジーを感じる演奏がショパンらしいと言われることもありますが、実際のショパンはとても感情にあふれた人でした。デリケートなところもあったし、ときには怒ることもありました。たとえば彼がウィーンにいた時、ポーランドでは革命が起こっていましたが、彼はポーランドに戻ることができず、すごく悔しくて、その気持ちを爆発させたような作品もあります」
「ですので、『ショパンらしさ』を一言で言い表すのは難しいですが、ショパンの音楽で一番重要なのは『感情を表現すること』だと思います。コンクールの話で言うと、参加者はみなさん技術的なレベルがとても高いのですが、やはりショパンが伝えたかった感情をどれだけ演奏で聴かせることができるかというのが一番大事です」
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「クレッシェンド!」は、若手実力派ピアニストが次々と登場して活気づく日本のクラシック音楽界を中心に、ピアノの魅力を伝える共同通信の特集企画です。