~適切なエネルギー摂取で健康リスクを回避する~
2025年11月25日
早稲田大学
女性アスリートの栄養戦略
~適切なエネルギー摂取で健康リスクを回避する~
発表のポイント
●女性アスリートの貧血、エネルギー代謝抑制、疲労骨折などの健康問題は、エネルギー不足※1に起因すると考えられています。
●本研究で、個々のエネルギー消費量を満たしたバランスの良い食事を6週間摂取させたところ、鉄欠乏状態やエネルギー代謝抑制、内分泌異常などが改善することが明らかになりました。
●アスリートにとって、適切なエネルギーと栄養素を含む日々の食事摂取は極めて重要です。
●男性アスリート、やせ志向の若年女性や次世代の子どもの健康づくりにも応用することができる知見です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511249698-O3-VnQ522HC】
早稲田大学スポーツ科学学術院の田口 素子(たぐち もとこ)教授 (兼: 早稲田大学スポーツ栄養研究所 所長)の研究グループは、女性アスリートの育成・支援のためのプロジェクト研究を積極的に推進してきました。女性アスリートは十分な食事摂取ができていないことが多く、貧血、月経異常、内分泌異常、エネルギー代謝抑制、疲労骨折など、さまざまな問題を抱えて競技生活を送っていることがしばしばあります。
本研究により、消費するエネルギーに見合う食事を摂取していれば、体重を増加させることなく、さまざまな健康リスクを回避できることを明らかにしました。本成果は、男性アスリート、やせ志向の若年女性や次世代の子どもの健康づくりにも応用することができる知見です。
本研究成果は、2025年10月27日(月)に『Women’s Health』に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511249698-O4-8dBXc0Jt】
キーワード:
エネルギー不足、REDs、貧血予防、エネルギー代謝、内分泌異常、健康リスク、食事、栄養戦略、アスリート
(1)これまでの研究で分かっていたこと
国際学会や国際オリンピック委員会が「女性アスリートの三主徴」や「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」といった概念を発表し、世界的に注目を集めてきました。これらの声明では、体内で生理機能の維持のために使うことができるエネルギー量(エナジーアベイラビリティー: EA※2)が低下すると、さまざまな心身の機能に悪影響を及ぼし、パフォーマンスを阻害することが報告されています。
本研究グループではこれまでの研究により、多くのアスリートはEAが低い状態であり、穀類や乳製品の摂取量が不足しているアスリートが多いことを明らかにしてきました。しかし、EAをスポーツ現場で精度高く求めることは困難です。また、エネルギー消費に見合うエネルギー摂取をするメリットについての論文は限定的です。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、1日のエネルギー消費量に見合う食事が摂れていないアスリートを対象に、エネルギー消費量に見合う食事を摂取してもらうこととしましたが、複雑な動きのトレーニングを行うアスリートの1日のエネルギー消費量を評価するためには多くの課題がありました。そこで本研究では、1日のエネルギー消費量の測定に、アスリートには負担が少なく、精度高く評価できる二重標識水(DLW)法※3を用いました。食事介入前に測定し、個別のエネルギー必要量を設定しました。エネルギーだけでなく、食事に含まれる栄養素のバランスにも配慮しました。スポーツ栄養学で理想的と考えられる栄養素や栄養バランスの献立を研究グループが考案し、対象チームの管理栄養士が毎日の食事や補食を提供しました。また、研究グループの公認スポーツ栄養士が毎週アスリートと面談し、きちんと食事がとれているかの確認とともに、個別の課題について解決方法をアドバイスしました。6週間の食事介入の前後で血液検査や安静時エネルギー代謝量などを測定し、変化を解析しました。なお、アスリートはサプリメントや鉄剤などを一切使用していません。
食事介入後の測定で、鉄欠乏状態、エネルギー代謝抑制や内分泌異常※4など、複数の問題を持っていたアスリートの健康状態が改善されたことがわかりました。一方、体重や体脂肪が増えることはありませんでした。
(3)研究の波及効果や社会的影響
スポーツは体力向上、身体機能の維持・向上、精神的な効果など、さまざまなメリットをもたらし、生涯を通して健康づくりを支援します。また、国際交流やコミュニケーション能力の醸成などにも役立ちます。しかし、スポーツを行えばエネルギー消費量は増加するため、消費に見合うエネルギー摂取をすることが大切となります。エネルギー不足により健康問題が発生したアスリートを見つけて対処する必要はありますが、「動いた分だけきちんと食べる」という基本的な指導をジュニア期からスポーツ現場で行い、貧血や疲労骨折、月経異常などを起こさないように予防していくことが極めて大切と言えます。本研究の成果は、男性アスリート、やせ志向の若年女性や次世代の子どもの健康づくりにも応用することができる知見です。
(4)今後の課題、展望
本研究の成果を広くドクター、トレーナー、指導者や保護者に対して発信し、食事の大切さを見直していただくことが今後の課題と考えています。また、すべてのアスリートが本研究のような栄養アドバイスを専門家から受けることはできないため、エネルギー不足になっていないかについて、スポーツ現場でより簡便に評価できる生理的マーカーや予防戦略の開発が必要です。また、公認スポーツ栄養士などの専門家にアクセスしやすい仕組みづくりも課題と考えています。
(5)研究者のコメント
スポーツ庁から女性アスリート育成・支援に係る事業費を2014-2019年度に受託し、女性アスリートの栄養課題の解決に向けた研究を積み重ねてきました。男性アスリートもエネルギー不足により同様の健康リスクがあることも明らかにしてきました。科学的な視点を取り入れながらも毎日の食事をおいしく楽しく食べ、競技力を向上していくアスリートや、スポーツを楽しむ人々が増えることを願ってやみません。
(6)用語解説
※1 エネルギー不足
摂取エネルギーが少ないことではなく、体内で生理的に利用できるエネルギー量が不足した状態をさす。
※2 エナジーアベイラビリティー: EA
エネルギー摂取量から運動によるエネルギー消費量を差し引き、除脂肪量で割ったもの。REDsの原因と考えられている。
※3 二重標識水(DLW)法
2つの安定同位体で標識された水(DLW)を摂取し、高い精度で1日の総エネルギー消費量を評価できる方法。
※4 内分泌異常
本研究では、エネルギー不足の継続により影響を受けると考えられるコルチゾール、甲状腺ホルモ
ン、成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF-1)などを確認しています。
(7)論文情報
雑誌名:Women’s Health
論文名:Energy intake to meet total energy expenditure improves iron deficiency and metabolic suppression in female long-distance runners: A case series study with dietary intervention.
執筆者名:Taguchi M*, Ishizu T, Goshozono M, Moto K, Miura N, Endo S, Yasuda E, Torii S
*責任著者
掲載日時:2025年10月27日(月)
DOI:https://doi.org/10.1177/17455057251385372
掲載URL:https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/17455057251385372
(8)研究助成
研究費名:公益財団法人JKA 競輪・オートレースの補助事業
研究課題名: 女性アスリートのエネルギー不足による健康リスク回避のための栄養戦略
研究代表者名(所属機関名):御所園 実花(早稲田大学)
女性アスリートの栄養戦略
早稲田大学
13:00
ポストする




