2023年に71歳で亡くなった音楽家の坂本龍一さんが残した日記から、最晩年の3年半に肉薄したドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」が11月28日から全国で公開される。
2024年に放送され、アメリカの国際エミー賞を受賞するなど海外でも高く評価されたNHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」を元に、未完成のまま残された音楽なども加えて映画として完成させた。2024年の番組も手がけた大森健生(おおもり・けんしょう)が監督を務めた。
1993年生まれの大森監督は生前の坂本さんと面識はない。亡くなった後に遺族に会い、じっくり関係を深める中で、残された日記や映像の存在を知り、それらを託されることになったという。
「ご遺族も、坂本さんが生きた足跡を常日頃から記録することに努めていた」
近しい人が撮影した映像は、チャーミングにおどける姿から、ピアノと向き合う音楽家としての姿まで、晩年の坂本さんの様子を余すところなく伝える。亡くなる数日前、自身が音楽監督を務めた東北ユースオーケストラの演奏する様子を病床に横たわったままスマートフォン越しに見ながらむせび泣く姿、亡くなる間際にピアノを弾くように動く指先までを捉えた映像は衝撃的だ。
そうした映像を見た大森監督は「驚きで言葉にならなかった。しばらく受け止めるのに時間がかかりました」と振り返る。
ただ、映画をどんな構成にするのか、迷いはなかった。軸に据えたのはあくまで残された言葉。「これだけの言葉が、理解できる、共感できる形で残されていた。この一点で編集方針が決まった」。心がけたのは「あまり自分が立ち入っていけない。大森という存在が出ないように」ということだけだ。
手書きの日記やスマートフォンのメモ書きには「何もせずに半年過ごすか、副作用に耐えながら5年生きるか」「俺の人生終わった」といった揺れ動く心が率直に記される。こうした言葉を朗読するのは舞踊家の田中泯。大げさではなく、淡々とかみしめるような口ぶりが、死に向かう坂本さんの心理を表現しているようだ。
音にも細部までこだわった。「ありがたいことに坂本さんは音も日記という形で残してくださった。日記の言葉を紹介するのと同じように、そのタイミングで弾いた演奏や、フィールドレコーディングした雨とか自然の音も使いました」
病状が重い時には音楽を聴くこともままならなかったという坂本さん。そんな時に慰めになったのが、YouTubeで見つけた雨音の録音だという。坂本さん自身も折に触れて雨音を録音している。窓にいくつもぶら下げて夏の風とともに楽しんでいた風鈴の音も盛り込んだ。
映画では、未完成のままの交響曲の構想を記した直筆のメモが示される。そこには「clouds(雲)」「stone(石)」といった書き込みもある。
2022年12月29日の日記には「音楽を残すこと/残す音楽/残さない音楽/霧散する音楽」と書かれている。
坂本さんの音楽として一般的に想起されるような代表曲も流れるが、それ以上に印象に残るのは、柔らかな雨の音や風鈴の音かもしれない。それはまさに坂本さんが最期の日々に耳にした音であり、病床の音楽家に寄り添い、励ました音楽だ。
日記を精読する中で大森監督は、坂本さんがアートから映画、社会問題までさまざまなものを通じて人と関わってきたことを実感したと振り返る。「人と関わる豊かさを知り、坂本さんを通じて世界が開けていくように感じました」(取材・文 共同通信=森原龍介)
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「クレッシェンド!」は、若手実力派ピアニストが次々と登場して活気づく日本のクラシック音楽界を中心に、ピアノの魅力を伝える共同通信の特集企画です。
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