10月にポーランドの首都ワルシャワで開催されたショパン国際ピアノ・コンクールで優勝したアメリカのエリック・ルー(27)が公演のために来日し、東京のポーランド大使館で記者会見した。
会見に先立ち、ルーはショパンのワルツ2作品を演奏。7番嬰ハ短調は曲の世界に深く入り込むように奏で、5番変イ長調は疾走感あふれる演奏を披露した。会見では、2015年大会で4位に入賞しながら今回再び挑んだ思いから「一番好きなショパンの曲」まで、率直に語った。(取材・文 共同通信=田北明大、須賀綾子)
―優勝が決まった時の心境は。
「発表が午前3時だったこともあり、頭が回らず、感情もこみ上げてきて、多くのメディアの皆さんに何をどう伝えるのがよいのか考えてしまいました。あらためて、私にとって大きな夢が実現し、人生の一つのマイルストーンになると思います」
―優勝後、人生にどんな変化がありましたか。
「ワルシャワをはじめ世界各国で演奏を続けていて、本当にノンストップという状況です。世界各地のオーケストラからオファーをいただいたりもしている。一つ一つのコンサートを大切にしていきたい」
―ショパンの演奏に飽きてしまうことはありませんか。
「身体的にちょっと疲れたということはあっても、ショパンの演奏に疲れたと思うことは一切ありません。優勝後初めての来日で、ショパンの素晴らしい音楽をお届けできることが本当にうれしい。ショパンが(曲を)書いた時に何を考えていたのか、私の演奏でお届けできるようにしたい」
―ショパンはどのような作曲家だと思いますか。
「本当に難しい質問。彼は天才的で、残してくれたものの大きさを考えると神の域というか、彼が人間だということを忘れてしまいそうになることがある。困難な人生を生きたが、200年近くたった今も世界中で愛される曲を作ったことを考えると、世界がどれだけ変わろうとも、人間というものを本質的に突き詰めた、人間味あふれる彼の音楽(の魅力は)変わらないと思います」
―2015年の大会で4位入賞後、2021年の前回に出場しなかったのはなぜですか。
「実は、2年前まで(今回の大会に)出場しようと思っていませんでした。2018年にリーズ国際ピアノコンクールで優勝していたので、前回は出場する必要性を特に感じていなかった。今回は本当に出たいと思ったし、年齢制限でラストチャンスでもあったので出場しました」
―今回、ショパンにどう向き合いましたか。
「何か計画を立てるということはありません。というのも、ショパンは私にとって10、11歳の頃から“共同作業”をしてきた存在なので、彼の音楽は直感的に自分の中に入ってきます。そして成長とともに自分自身が哲学的になったり、精神性が高まったりして、理解がどんどん深まっている。私にとって最も感情移入しやすく、最も理解しやすい作曲家なのです。例えばピアノ・ソナタ第2番は数年の間、演奏していませんでしたが、再び演奏すると、すっと共に生きていける」
―今回、なぜ出場しようと思ったのですか。エリック・ルーさんにとってショパンコンクールはどのような存在なのでしょう。
「ピアニストとしてトップレベルのキャリアを築くことを考えた時、演奏以外の要因も影響すると思っています。これまでも世界中の素晴らしいオーケストラと共演する機会に恵まれましたが、将来をより安定的にしたいとの思いから今回、出場を決意しました。ショパンコンクールは世界最高峰ですし、すでにリーズ国際ピアノコンクールで優勝していて他に受けるコンクールがなかったということもあります。ショパンコンクールが世界で最も注目されるコンクールであることも大きな理由の一つです。10年前も熱狂的でしたが、その度合いがさらに高まっていると感じました。なぜか分かりませんが、皆さんが見てくれる。世界のプロフェッショナルなピアニストにとってこれほど巨大なプラットフォームはありません」
―ショパンで一番好きな曲は何ですか。
「私は子どもはいませんが、自分の最も好きな子は誰ですかとの質問くらい答えるのは難しい。今後、変わるかもしれないが、今いいなと思っているのは『幻想ポロネーズ』です」
―師事してきた先生から学んだことは。
「今回は、過去の出場経験やこれまでの演奏活動を元にコンクールに臨みました。ただ、これまで本当に素晴らしい先生たちとの出会いがありました」
「(審査員も務めた)ダン・タイ・ソン先生とは、13歳の時に初めて会いました。(彼の)マスタークラスを両親と聴き、レベルの高さに驚いて教えを請いたいとデモテープを送ったところ、レッスンをしてもらうようになりました。大人を教えるかのように容赦なく、真剣に向き合ってくれて、音やフレーズ、音色の作り方や、ピアノでどのように歌うのかといったことから、どうやって曲を組み立てて演奏していくのかといったことまで教えてくれました」
「(同じく審査員の)ロバート・マクドナルド先生は、私が16歳の時に(アメリカの)カーティス音楽院で初めてお会いしました。ピアノの奏法だけでなく、音楽的なことも細かく指導していただくと同時に、音楽の解釈は幅を持たせて自由にさせてくれた。若手音楽家にとって自由に表現する機会を与えていただけるのは、なににも代えがたいことで、いろいろ試しながら、その表現に説得力があるのかといつも問われた。今も隣にマクドナルド先生がいると思って練習しています」
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「クレッシェンド!」は、若手実力派ピアニストが次々と登場して活気づく日本のクラシック音楽界を中心に、ピアノの魅力を伝える共同通信の特集企画です。
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