鹿沼市出身のプロ野球西武・今井達也投手が、アメリカ・メジャーリーグのアストロズへの入団が決まりました。今井投手の幼少期から2016年夏の甲子園での作新学院の全国制覇、プロ野球ドラフト会議で1位指名を受けるまでをたどった連載「怪物の継承者 ドラフト1位への道」を改めて紹介します。

怪物の継承者 今井達也 ドラフト1位への道①原点

 「“カキーン”やる!」。今井がしきりに言い出したのは小学校にあがる前だった。起きしなに三輪車を乗り回し、目を離せばすぐに駆け出すわんぱくぶりが夜になると一変、テレビにかじりつきプロ野球中継に熱中。入学と同時に地元鹿沼市の学童チーム「北光スポーツ少年団」に入団し、野球人生をスタートさせた。

 周囲は上級生ばかりだったが「足は速いし野球の理解も早い。アドバイスにもすぐ対応した」。当時監督として指導した東英俊(あずまひでとし)さん(55)は今井の野球センスに目を見張った。負けん気の強さも人一倍。「ちょっとうまくいかないとすぐイライラ。でも根性はあった」と母江利子(えりこ)さん(46)。

 走攻守と三拍子そろった万能型の少年は、次第に投手への思いを強めた。憧れは元巨人・上原浩治(うえはらこうじ)投手(現米ボストンレッドソックス)。屈強な外国人選手をストレートでねじ伏せる勇姿に魅了された。

群を抜く野球センスでチームをけん引した小学6年の今井。打率は5割を超えていた(家族提供)
群を抜く野球センスでチームをけん引した小学6年の今井。打率は5割を超えていた(家族提供)

 「速い球で見る人を喜ばせたくて、コントロールは二の次だった」と球速にこだわった。当時の最速は110キロ。市内一の投手の女房役だった宇都宮白楊高3年大沼拓汐(おおぬまたくしお)さん(18)は「他の人と球の質も伸びも全然違った」と感触を思い出す。

 5年秋からは主将を務め、エースで4番打者。投打の要となり、子供ながらに過信も生まれた。市外のチームとの練習試合で「とにかく一番速い球を投げたかった」と制球を乱した。投手交代を告げられるとボールを地面に叩きつけた。罰として試合終了まで走り込み。涙を拭いながら走り続けた。「自分本位だった。野球は一人ではできないと教わった」と今井。叱咤(しった)した東さんは「ふてくされず努力に変えられるのが達也の強さ」と振り返った。

 チーム成績は18試合7勝11敗と強いとは言い難かった。それでも今井は引退前、作文にこうつづった。「高校で、日々努力し、甲子園に出たいです。そして小さいときからの夢だったプロ野球を目指しがんばります」

 6年後、圧巻の投球で聖地を沸かし、日本中の注目を集めるシンデレラボーイは、既にこの時、自分が進むべき道を心に決めていた。

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 20日のプロ野球ドラフト会議で西武から単独1位指名を受けた作新学院高3年の今井達也(いまいたつや)投手(18)。「怪物」と呼ばれた同校出身の江川卓(えがわすぐる)氏以来、県内高校選手として43年ぶりの1位指名を勝ち取り、プロへの道を切り開いた。夢の実現に向け今井投手が歩んだ野球人生をたどる。

(2016年10月22日掲載)