原裕美子(左)と競り合い、区間賞を獲得した赤羽=1998年の第39回大会から

赤羽有紀子さん

原裕美子(左)と競り合い、区間賞を獲得した赤羽=1998年の第39回大会から 赤羽有紀子さん

 中学生や高校生が地元を代表し、県内で走ることができる郡市町駅伝。中学1年の時に芳賀郡Bで初出場し、1区を担当しました。Aチームよりも速く到着してしまい、2区の選手が中継所で見当たらず、大きな男子選手をかき分けて探したことを覚えています。

 中学で陸上を始めた時から出場を目指した大会で、地元のチームは温かい雰囲気でした。幅広い年代の選手やライバルと地元の代表として走ることに、楽しさを感じていました。

 高校進学後は膝に痛みが走る腸頸靱帯(じんたい)炎や貧血に悩み、全国高校総体(インターハイ)に出場したこともありません。しかし、高校3年の時に憧れの都道府県対抗女子駅伝に初出場し、県勢最高の区間3位の成績を残せました。チームだからこそ、実力以上の力を引き出せたのだと思います。

 その勢いに乗ったまま、2週間後に開かれた郡市町駅伝は芳賀郡Aで5年ぶりに1区を担当。「チームにいい流れをつくりたい」と走りました。総合優勝した足利Aの原(はら)(裕美子(ゆみこ))さんと序盤から先頭で競り合い、最後は5秒差をつけて2区にたすきを渡しました。

 チームは総合6位でしたが、目標だった区間賞を取ることができた満足感がありました。この大会が最後になりましたが、駅伝ならではの責任感や一つになって戦うことを教えてくれました。

 高校までは無名の選手。高校で最後にしようと思っていましたが、大学から誘いがあり、競技人生を続ける決断をしました。実業団に入った後も県代表として走る機会をうかがっていたぐらい、いつも応援を届けてくれる地元が大好きでした。

 現在は、母校の城西大女子駅伝部のコーチ兼アドバイザーとして、夫の周平(しゅうへい)監督(39)と学生を指導しています。出場する学生の皆さんは、まだまだこれから成長できる選手です。緊張せず伸び伸びと楽しんで走ってほしいです。

 あかば・ゆきこ 1979年生まれ。芳賀中-真女高。城西大卒業後、ホクレンに進み2008年北京五輪で1万メートル、5千メートルに出場。11年世界選手権女子マラソン5位。14年1月に引退し、18年から城西大女子駅伝部アドバイザー兼コーチ。