糖鎖免疫チェックポイント分子の新規探索技術を開発

ポイント

・ がんの腫瘍組織内における糖鎖-レクチン相互作用を網羅的に探索するGlycoChat法を開発

・ 開発手法を用いて、マクロファージに発現する内在性レクチンのうち、膵がん細胞の糖鎖と相互作用して免疫抑制に関与するレクチンを同定

・ 糖鎖に関連する免疫チェックポイント分子の同定が可能となり、それを標的とした新たな阻害剤の開発に向けた基盤を提供

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202601092202-O1-0aDbOmlk

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)細胞分子工学研究部門 舘野 浩章 研究グループ付らと、筑波大学医学医療系 小田 竜也 教授らの研究チームは、がんの腫瘍組織内における糖鎖-レクチン相互作用を網羅的に探索する新手法「GlycoChat法」を開発しました。この手法を用いて、がん細胞への免疫応答を抑制する働きをもつマクロファージと膵がん細胞との相互作用を糖鎖レベルで解明しました。

 

近年、がん細胞表面のタンパク質などに結合した糖鎖が、免疫細胞上に発現するレクチンと結合することで、がん細胞が免疫回避する免疫チェックポイントとして機能することが分かってきました。この糖鎖-レクチン相互作用による免疫制御機構は、膵がんをはじめとする難治性がんに対する新たな治療標的となる可能性があります。それを実現するためには、がん腫瘍組織内における多種の細胞の糖鎖と免疫細胞に発現するレクチンとの相互作用の強さを調べ、免疫抑制に関与している糖鎖とレクチンの組み合わせを同定しなければなりません。しかし、それには多大な労力と時間が必要です。

 

今回、腫瘍組織内における糖鎖-レクチン相互作用を網羅的に探索する新手法GlycoChat法を開発しました。また、本手法を用いて膵がん患者の腫瘍組織を解析した結果、マクロファージに発現し、膵がん細胞の糖鎖と相互作用して免疫抑制に関与する内在性レクチンの同定に成功しました。本技術により、膵がんをはじめとする難治性がんにおける糖鎖免疫チェックポイント分子の同定を可能とし、それを標的とした新規機序による阻害剤の開発に向けた基盤の提供が可能になります。

 

なお、この研究成果の詳細は、2026年1月13日(日本時間)に「Advanced Science」に掲載されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260113/pr20260113.html )をご覧ください。

 

開発の社会的背景

ヒトをはじめとする動物は、免疫によって異物の侵入やがん細胞の増殖から生体を守っています。免疫には正常な自己組織に反応しないよう免疫チェックポイントという制御機能が備わっていますが、一部のがん細胞はこれを「悪用」し、免疫細胞に攻撃対象ではないと「誤認」させることで増殖します。がん治療に用いられている免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞による免疫チェックポイントの悪用を阻止することで、免疫細胞にがん細胞を攻撃させる薬です。この薬は、ある種のがんに対して増殖を抑制する効果を発揮しますが、免疫細胞が過剰に活性化し自己組織を攻撃することによる副反応への注意が必要です。

 

近年、がん細胞表面の糖鎖が、免疫細胞表面に発現するレクチンと相互作用することで免疫細胞の働きを抑制し、がんの免疫回避に関与する新たな免疫チェックポイントとして機能していることが明らかになってきました。これらの糖鎖-レクチン相互作用は、がん細胞と免疫細胞の間で働くタンパク質同士の結合による、従来の免疫チェックポイントとは異なる仕組みで免疫を制御すると考えられています。このような免疫制御機構は、膵がんをはじめとする難治性癌において、既存の免疫チェックポイント阻害剤による治療効果が限定的であることから、難治性がんに対する新たな治療標的となる可能性が期待されています。

 

研究の経緯

産総研はこれまで、1細胞ごとの糖鎖と遺伝子の発現情報を取得する、「1細胞糖鎖・RNAシーケンス(scGR-seq)法」の開発に成功しています(2021年7月27日産総研プレス発表2024年1月15日産総研プレス発表)。しかし従来のscGR-seq法では、組織内における糖鎖と内在性レクチンの分子レベルでの相互作用を直接観察することはできないため、腫瘍組織におけるがん細胞の糖鎖が相互作用する内在性レクチンの同定はできませんでした。今回、DNAバーコードで標識した内在性レクチンをscGR-seqに利用し、腫瘍組織における糖鎖-レクチン相互作用を包括的に解析する手法の開発に取り組みました。本手法を用いて膵がん患者の腫瘍組織を解析することで、膵がん細胞の糖鎖がマクロファージ上に発現するCLEC10AとSIGLEC3と呼ばれる内在性レクチンと相互作用することで、マクロファージの免疫抑制を誘導することを明らかにしました。

 

なお、本研究はCOCKPI-T Funding、科学研究費基盤研究B、次世代がん医療加速化研究事業、2025年度つくば産学連携強化プロジェクトの支援を受けています。

 

研究の内容

膵がん患者から外科的に切除された腫瘍組織を、単一細胞懸濁液に分離、scGR-seq法で解析し、個々の細胞に結合したレクチンの種類と相対分子数(糖鎖発現データ)、およびmRNA(遺伝子発現データ)を次世代シーケンサーで解析しました。最終的に5人の患者検体から合計54,634個の細胞の糖鎖と遺伝子の発現データを取得しました。遺伝子発現データから、腫瘍組織中には、がん細胞、上皮細胞、T細胞(ナイーブCD4+T細胞、エフェクター/メモリーCD4+T細胞、エフェクター/メモリーCD8+T細胞、疲弊CD8+T細胞)、マクロファージ(M1TAM, M2TAM)、骨髄由来抑制細胞(MDSC)、樹状細胞(cDC2、pDC)、B細胞、肥満細胞、血管内皮細胞、内分泌細胞、がん関連線維芽細胞(myCAF、iCAF)など、計19種の異なる細胞型が同定されました。遺伝子発現パターンから、膵がん細胞はさらに「古典型」、「中間型」、「基底様型」の3種のサブタイプに分類されました。レクチンの1細胞ごとの反応パターン(糖鎖プロファイルを表す)を図1に示しました。赤は高い反応性、青は低い反応性を示します。がん細胞はある特定のレクチン(rBC2LCNなど)との結合が検出された一方、非がん細胞はより広範なレクチンに対する反応性を示し、がん細胞に特徴的な異常糖鎖パターンを明らかにしました。がん細胞においては、古典型から中間型、基底様型への上皮間葉転換(EMT)過程で糖鎖発現パターンが変化することを明らかにしました。そして、古典型膵がんと基底様型膵がん、それぞれを特異的に検出できる特定のレクチンを同定しました。

 

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がん細胞の表面糖鎖は、免疫細胞が発現する多様な内在性レクチンと相互作用し、腫瘍微小環境(TME)内における抗腫瘍免疫応答を調節します。がん細胞の糖鎖は複数の内在性レクチンと相互作用する可能性がありますが、これらの相互作用を包括的かつ単一細胞レベルで解析する技術は存在しませんでした。この課題を解決するため、我々はTME内の糖鎖-内在性レクチンネットワークをマッピングするプラットフォーム「GlycoChat」を開発しました。GlycoChatは3段階の工程で構成されます:(1) 内在性レクチンを組み込んだscGR-seq解析、(2) がんサブタイプと免疫細胞間の相互作用強度の推定、(3) がんサブタイプとの相互作用可能性に基づく内在性レクチンの順位付け。具体的には、内在性レクチンの膵がんサブタイプへの結合強度、内在性レクチン遺伝子の免疫細胞における発現量と発現特異性データを用いて、膵がんサブタイプごとに結合する内在性レクチンを順位付けし、膵がん細胞と相互作用する可能性を有する内在性レクチン候補を同定しました。上記のように、各膵がんサブタイプは特徴的な糖鎖プロファイルを示すことから、サブタイプごとに相互作用する内在性レクチンの解析を検討しました。これらの内在性レクチンのうち、浸潤性が強く、予後不良のサブタイプである基底様型膵がん細胞と相互作用する腫瘍関連マクロファージ(TAM)に発現するCLEC10AとSIGLEC3を、本研究のさらなる解析のターゲットとして選択しました。

 

がん細胞と、マクロファージに発現するCLEC10AもしくはSIGLEC3の相互作用の機能的意義を解析するために、膵がん細胞と、CLEC10A発現マクロファージもしくはSIGLEC3発現マクロファージを共培養しました。その後、CLEC10AおよびSIGLEC3の膵がん細胞への結合性をフローサイトメトリーで評価しました。その結果、CLEC10AおよびSIGLEC3の膵がん細胞への結合性が顕著に増強されることがわかりました。このことは、膵がん細胞が細胞表面糖鎖を変化させ、CLEC10AおよびSIGLEC3を介したマクロファージとの相互作用を促進させていることを示しています。

 

がん細胞はマクロファージに働きかけて免疫抑制型のM2マクロファージへの分極を促し、その結果として腫瘍に有利な免疫抑制環境を形成することが知られています。そこで、膵がん細胞とマクロファージ変異細胞の共培養系を用いて、膵がん細胞のマクロファージに対するCLEC10AとSIGLEC3を介した免疫抑制機能を解析しました。具体的には、CLEC10Aのみ発現、SIGLEC3のみ発現、両レクチン発現、および両レクチン非発現のマクロファージ細胞を作製し、膵がん細胞と共培養しました。そして共培養後のマクロファージの機能を、免疫抑制型のM2マクロファージの表面マーカーであるCD163とCD206の発現をフローサイトメトリーで評価しました。その結果、CLEC10AもしくはSIGLEC3を発現したマクロファージでは、膵がん細胞との共培養後、CD163とCD206の発現が増加することがわかりました。このことは、膵がん細胞は、CLEC10AもしくはSIGLEC3を介して、マクロファージを免疫抑制型に誘導することを示しています。さらに、CLEC10AおよびSIGLEC3は、マクロファージのがん細胞に対する貪食能を抑制することも明らかにしました。本知見は、CLEC10AとSIGLEC3がマクロファージの免疫抑制を誘導することで、免疫チェックポイント分子として機能する可能性を示しています。

 

今後の予定

今後は、CLEC10AやSIGLEC3を標的とする免疫チェックポイント阻害剤の開発を目指します。さらに、今回新たに確立した GlycoChat法を活用し、さまざまな難治性がんにおける新規糖鎖免疫チェックポイント分子の同定と、それに対する阻害剤の開発を推進します。加えて、GlycoChatデータを基盤として、各患者における免疫抑制を誘導する糖鎖ベースの免疫チェックポイント分子を予測することで、患者ごとに最適な免疫チェックポイント阻害剤を選択し、個別化治療方針の策定を可能とする技術の確立を目指します。

 

論文情報

掲載誌:Advanced Science

タイトル:GlycoChat uncovers glycan-lectin circuits in the tumor microenvironment of pancreatic cancer

著者名:Anh Dinh Xuan Tuan, Sunanda Keisham, Arun Burramsetty, Lalhaba Oinam, Koichiro Kumano, Akihiro Kuno, Osamu Shimomura, Tatsuya Oda, Hiroaki Tateno (CA)

DOI:10.1002/advs.202514735

 

研究者情報

産総研 細胞分子工学研究部門 舘野 浩章 研究グループ付、Sunanda Keisham 産総研特別研究員

筑波大学 ヒューマンバイオロジー学位プログラム(博士)Anh Dinh大学院生

医学医療系 小田 竜也 教授、下村 治 講師、久野 朗広 助教

 

用語解説

糖鎖

単糖が鎖状に結合した情報分子で、細胞表面を覆い、情報伝達や認識に重要な役割を果たす。がん化すると、正常細胞とは異なる糖鎖が発現することが知られている。

 

レクチン

特定の糖鎖構造に選択的に結合するタンパク質で、細胞間認識やシグナル伝達に関与するとともに、糖鎖をプロファイリングするための試薬として用いられている。

 

GlycoChat法

内在性レクチンを利用したscGR-seq解析を実施し、得られた内在性レクチンのがん細胞への反応強度、内在性レクチン遺伝子の免疫細胞における発現レベル、内在性レクチン遺伝子の発現特異性から、がん細胞サブタイプと相互作用する可能性のある内在性レクチンを順位付けする方法。がん細胞だけでなく、さまざまな細胞と相互作用する内在性レクチン候補を抽出できる。

 

マクロファージ

免疫細胞の一種であり、癌においては腫瘍の成長や転移を促進する免疫抑制環境を形成することで重要な役割を果たす。

 

免疫チェックポイント

免疫細胞が過剰に反応しないように制御する分子機構で、がん細胞はこれを利用して免疫から逃避する。

 

内在性レクチン

生物自身の細胞表面の糖鎖を認識して結合する、内在的に存在する糖結合タンパク質のこと。

 

糖鎖免疫チェックポイント分子

免疫チェックポイント分子とは、免疫細胞に「ブレーキ」をかけて暴走を防ぐ仕組みを担う分子のこと。がん細胞はこのブレーキを悪用して免疫から逃れるが、阻害剤を使うとブレーキが外れ、免疫細胞が再びがんを攻撃できるようになる。糖鎖免疫チェックポイントとは、がん細胞表面の糖鎖が免疫細胞の受容体と結合し、免疫応答を抑制する仕組み。糖鎖免疫チェックポイント分子は、がん細胞の糖鎖を認識して免疫抑制シグナルを伝える分子のこと。

 

1細胞糖鎖・RNAシーケンス(scGR-seq)法

Single-cell glycan and RNA sequencingの略。個々の細胞に発現する糖鎖とRNAの発現を次世代シーケンサーで網羅的に同時解析する技術。ドロップレット型scGR-seq法ではドロップレット技術を用いることで1万個の細胞を1回の実験で解析できる。

 

DNAバーコード

固有の短い塩基配列のこと。レクチンに目印として結合させて細胞に反応させ、DNAシーケンサーで解析することで、細胞に結合したレクチンの種類や量を間接的に解析することができる。また今回の実験では細胞を識別するための細胞タグ(目印)としても利用している。

 

次世代シーケンサー

数千万から数億個の比較的短いDNAを、大規模かつ高速に塩基配列決定することができる装置。生命医科学分野で広く利用されているだけでなく、個別化医療などへの応用が進んでいる。

 

古典型

上皮性の特徴を強く保ち、比較的分化した遺伝子発現プロファイルを示す膵がんサブタイプのこと。

 

中間型

上皮性と間葉系の特徴が混在し、古典型と基底様型の中間的な性質を示す膵がんサブタイプのこと。

 

基底様型

間葉系・EMT関連遺伝子の発現が高く、未分化で浸潤性が強い予後不良の膵がんサブタイプのこと。

 

上皮間葉転換(EMT)

細胞が「上皮型」から「間葉型」へと性質を切り替える現象のこと。上皮型は古典型膵がん、間葉型は基底様型膵がんのことを示す。

 

腫瘍微小環境(TME)

がん細胞の周囲に存在する免疫細胞・線維芽細胞・血管・細胞外マトリックスなどが複雑に入り混じり、がんの増殖や転移、治療効果に大きく影響を与える環境のこと。

 

フローサイトメトリー

蛍光標識抗体などを反応させ、それぞれの細胞におけるタンパク質等の発現を定量解析する技術。

 

M2マクロファージ

修復型マクロファージのこと。炎症を抑えて組織を治す役割を持つが、がんの中では免疫を抑え、腫瘍の成長や転移を促す機能を持つ。なお、M1マクロファージは攻撃型のマクロファージのこと。がん細胞を強く攻撃するために、炎症を起こす物質を分泌して免疫反応を活発にする。

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260113/pr20260113.html