東京都内で団体広報として働き、公私ともに充実した日々を送っていた手塚瞳(てづかひとみ)さん(32)=宇都宮市出身。信頼していた男性からのストーカー行為で、その日常は一変した。双極性障害(そううつ病)の発症、狭まる仕事の選択肢、「障害者」への社会のレッテル…。葛藤の末に障害者手帳を取得し、壁にぶつかりながらも「自分を取り戻す旅」を続ける手塚さん。実名で下野新聞デジタルのインタビューに応じた。

 肺や胃、あらゆる内臓の重さが増していくような感覚に襲われ、動きたくても動けない-。双極性障害(そううつ病)と診断された手塚さんは、時折そんな症状に見舞われる。あえて擬音語で表現するなら「ジターン」という状態だ。

 ■取材中も手足に硬直

 引き金(トリガー)は日常に潜んでいる。ストーカー加害者の元同僚を想起させる人物や名前を見聞きした時、仕事で集中力を使った時…。「慣れてるから大丈夫」と明るく話していたが、取材中にも軽い手足の硬直が始まっていた。

 この症状が、手塚さんのキャリアを再び中断させた。ストーカー被害を機に新しい職場に転職したが、わずか3カ月で退職。2025年4月のことだった。

 「躁うつがひどくて仕事にならなくて。申し訳ないけれど、人生の立て直し期間が必要だと思った」。自宅療養に入った手塚さんは、社会復帰に向けて大きな決断をする。「障害者手帳」の取得だ。

 「仕事に打ち込んで評価されてきたし、頑張ってきた」という自負があったからこそ、「健常者」の枠を外れることへの葛藤は大きかった。とはいえ、再び働き始めた際に、これまで通り定時で働けるという保証はない。「だったらもう、障害者として生きてみよう」。自らの手で人生の舵(かじ)を切り直した。

手塚さんが葛藤の末に取得した障害者手帳。
手塚さんが葛藤の末に取得した障害者手帳。

 ■「障害者枠」転職に壁

 しかし、こうして乗り出した「障害者枠」での転職活動でも、手塚さんは社会の壁に直面する。ある障害者専門の転職エージェントから、自身の障害特性について「トリセツ(取扱説明書)を提出してください」と求められた。さらに、採用とは無関係なはずのストーカー被害の詳細まで根掘り葉掘り聞かれた。

 「私たちは機械じゃない。トリセツなんておかしいでしょ」。当事者の尊厳を軽んじるような無神経さに、憤りを覚えた。

躁うつ病の症状が強く出たときに飲む薬。もしもの時、周囲に気づいてもらえるよう、派手な缶に入れている。
躁うつ病の症状が強く出たときに飲む薬。もしもの時、周囲に気づいてもらえるよう、派手な缶に入れている。

 職種の選択肢も限られていた。多くの企業が「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げる一方で、障害者雇用の現場では、キャリアにかかわらず一律の待遇が提示されることも少なくない。法定雇用率を守るための「数合わせ」のようにも映った。

 「フルリモートで働ける日本中の求人、全部に応募したんじゃないかな」。50社ほどの挑戦の末、手塚さんは外資系企業でのインターンのチャンスをつかみ、12月中旬から新たな一歩を踏み出した。

 ■壮絶な経験も「ネタ」に

 今も耳に残る複数のピアスの穴は、かつて自らを傷つけた痛みの記憶だ。ライフプランも一度は白紙に戻った。それでも、手塚さんは障害と共に生きることを隠さない。「これまで頑張ってきた自分を、否定することになるから」。それどころか、壮絶な経験すら「ネタにする」気構えだ。

手塚瞳さん(本人提供)
手塚瞳さん(本人提供)

 ストーカー被害の後、手塚さんは「物書きで生きていく」と決意し、著書の出版に向けて動き出していた。病状の悪化で立ち消えになったが、「もちろんまたやるつもり」。確かな足取りで「自分を取り戻す旅」を前へ進めている。