
「しもつかれ」は栃木県が誇る不動の伝統郷土料理、キング・オブ・ソウルフードだ。今年もしもつかれを作る「初午(はつうま)」(今年は2月1日)が近づく。
しもつかれがおいしい、絶品と思えるようになるまでには、やはり時間がかかった。寒いこの時期、家の晩酌で日本酒の肴(さかな)として味わうようになった40代半ばからだ。日本酒は季節を問わず冷酒で味わっているが、しもつかれを肴にする時だけは、冷たいしもつかれと地酒をお燗(かん)にして味わう。しもつかれの複雑な塩味、甘味、うま味が何とも味わい深く、お燗が2合近く進む頃には丼一杯食べてしまう。「しもつかれが身近な栃木県民でないと、しもつかれと地酒とのマリアージュ、おいしさ、魅力は分からないだろうな」と優越感に浸りながら酔える至福の時だ。
しもつかれは「初午」の日に五穀豊穣や商売繁盛、家内安全などを願い、お稲荷さんに赤飯と共に供える郷土料理として作られてきた。その歴史は江戸期にさかのぼる。
しもつかれは江戸時代に飢饉(ききん)があったとき、その冬を生きながらえるため、廃棄していた正月の新巻鮭の頭、節分の豆まきの残りなどを使って作られたという。江戸後期の随筆「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」に「鬼おろしでおろした大根おろしに水煮した大豆を加え酢で浸し、しょうゆを掛けて食べる」などの記述がある。
以来、栃木県を中心に鮭の頭、大豆、鬼おろしですりおろした大根とニンジン、酒粕(さけかす)、油揚げで煮込んで作られている。大鍋でつくるため、近所などで分け合うこともよくあり、「七軒のしもつかれを食べると病気にならない」という言い伝えもある。
しもつかれには節分の福豆の大豆を使うが、今年は節分が2月3日で、2月1日の初午より後になる。宇都宮市の料理研究家の臼居芳美(うすい・よしみ)さんは「さて、節分前の『初午』にしもつかれを作るか、『二の午』の13日に作るか、悩むところです」と特異な暦の並びに戸惑う。
栃木県内の居酒屋や和食店では、この時期の限定メニューにしもつかれを出す店も少なくない。大田原市中田原の日本料理・すし「たわら寿」は約25年前からしもつかれを季節のメニューにしている。
遅沢利尚(おそざわ・としなお)店長は「しもつかれは好き嫌いがあると思うが、より多くのお客さまに親しんでいただき、一口でもよいから口に運んでもらい、おいしさを知ってもらうにはどうしたらよいか」を考え続けた。生臭さをなくすため、鮭の頭の血抜きを徹底し、焼いた上で圧力釜で骨を柔らかくした。大豆の薄皮を剥がし、えぐみも除いた。さまざまな地元酒蔵の中から菊の里酒造(大田原市)「大那」の酒粕と合わせ、ベストマッチを完成させたという。
日本酒との相性については「しもつかれには酒粕が入っており、この時期、新酒が多く、その爽やかさや辛み、お米のうま味によく合う」と言い、この味を求めて通うリピーターもいるという。お土産用しもつかれ(500グラム1620円)も好評だ。
「しもつかれ」と言えば、その知名度向上活動を展開してきた市民グループ「しもつかれブランド会議」の存在が光る。県の魅力を掘り起こすプロジェクトに関わった栃木市のデザイナー青柳徹(あおやぎ・とおる)さんが仲間に呼び掛け、2018年1月に始動した。飲食店、総菜店、菓子店、ホテルなどを募り、しもつかれのアレンジ料理を約150種つくってクックパッドで公開したり、焼き菓子を作ったりした。また「しもつかれ祭り」を開いて食べ比べしたり、店を巡ってもらう「しもつかれウィーク」も5回開催したり、音楽や洋服も作ったりした。
22年にはしもつかれに合う日本酒を造ることになり、島崎酒造(那須烏山市)に協力を依頼。同会議のメンバーら約10人がしもつかれとのテイスティングを行い、23年1月には熟成酒4種をブレンドした「しもつかれ酒」が完成した。どうくつ酒蔵で行われたお披露目会で島崎健一社長はしもつかれ酒の特徴について「滑らかで、ふくよか。しもつかれの複雑な味わいを包み込むものができた」と解説した。しもつかれ酒は今年も限定発売する予定。
下野市川中子の食事居酒屋「源天」はこの時期、しもつかれメニューとして小鉢のほか、衣で包んだもの、タルタルソースを混ぜたものなど毎年、工夫したアレンジものを出し、話題を提供している。牧野豊(まきの・ゆたか)料理長は「しもつかれ酒は飲みやすく、しもつかれの味わい方を提案できる。しもつかれを食べられない人も食べやすくなる」と話している。青柳代表も「しもつかれ酒はしもつかれと合わせて飲んですごくおいしいし、しもつかれなしでもおいしい」と薦める。
青柳代表は「しもつかれは地域、家によっても味が違う。それを否定するんじゃなくて、それもおいしいねっていう文化があったから、ここまで長く続いてきた料理だと思う」と解釈。「廃棄するような食材を生かし、島崎社長も酒粕を消費してほしいと言っていますし、(フードロス削減など)現代のサステナビリティとかの観点ともマッチする」と一押しする。
しもつかれを毎年、大鍋で作り、小分けして冷蔵庫に保存し、約1週間食べるという臼居さんは、日本酒との合わせ方、魅力を次のように紹介する。
一つ目は、やや辛口の純米酒のぬる燗を合わせた時、しもつかれの鮭のうま味と甘み、大根とニンジンの甘み、そして酒粕のコクが人肌に温められた酒が際立たせてくれる。「人肌ほどのぬる燗は、口に残ったしもつかれの余韻を丸く包んで喉へと運んでくれます」。二つ目は、きりりと冷やした大吟醸を合わせた時、冷えたしもつかれのコクと甘さが口の中で滑らかに溶け合う。吟醸の香りが鮭のうま味を際立たせてくれるかのようという。「いずれにしても米でできた日本酒としもつかれの相性は抜群、癖になる味わい」と評する。
今年のしもつかれを取り巻く状況は、暦の特異な並びだけでなく、極端な鮭の不漁が続く。北海道によると、最多の2003年は5647万匹だったが近年は3割ほどに落ち込み、24年は記録が残る1989年以降で2番目に少ない1562万匹。2025年9月末現在の速報値で前年同期比21・8%減の約606万匹だ。この時期、しもつかれをメニューに出す宇都宮市の居酒屋に立ち寄ったが、鮭の頭が入手できず、しもつかれを作れないと嘆いていた。私はいつも妹からのしもつかれを楽しみにしているが、届かなかったらどうしようと思う。初めてスーパーなどの総菜コーナーに駆け込むことになるのだろうか。気掛かりだ。
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