CNTの構造を壊さない分散プロセスで世界最高性能の印刷型透明導電膜を実現

ポイント

・ 機械学習を活用して、液中のCNTの分散に最適な溶媒を選定し、超音波処理に頼らない高品質CNT分散液を得る手法を開発

・ 最適化されたCNTの分散プロセスにより、スケーラビリティに優れた製造方法で、印刷型透明導電膜として世界最高性能を実現

・ タッチパネルや太陽光パネルの電極に利用される透明導電膜をはじめ、次世代電池材料など、CNTの応用範囲を広げられると期待

 

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概 要

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノカーボン材料研究部門の周 英 主任研究員らは、高い導電性を持つカーボンナノチューブ(CNT)薄膜を形成するための、高品質CNT分散液を得る手法を開発しました。

 

CNTの高い導電性を生かしたデバイスは、タッチパネルや太陽光パネルの電極として産業利用が進んでいます。CNTの溶液を基板上に塗布する手法(ウェット法)を用いてデバイスを製造する際、溶液中のCNTの分散性がデバイスの性能を左右します。しかしCNTを欠陥なく分散させることは容易ではありません。製造するデバイスの種類に応じた物性と高い分散性を持つCNT溶液を作製するためには、溶媒と分散剤を適切に選定し、CNTに欠陥を生じさせるリスクのある超音波処理などの手法に頼らない分散プロセスが望まれています。

 

今回、AI技術(特に機械学習)、分子動力学シミュレーション、溶解度パラメーターなどの多様な分析手法を統合し、ウェット法におけるCNTの最適な分散プロセスを得る手法を開発しました。さらにこの手法を用いて、ドライ法に匹敵する高い性能を持つCNT透明導電膜を、ウェット法で作製することに成功しました。これにより、印刷や塗布など低コストで大面積に対応可能なCNT薄膜製造技術への応用可能性を実証できました。透明導電膜をはじめ、次世代電池材料など、CNTの産業応用の範囲が広がることが期待されます。

 

今回の研究成果の詳細は2026年1月21日に「Advanced Functional Materials」に掲載されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

CNTは、炭素原子が筒状につながったナノ材料で、軽量でありながら高い強度、電気伝導性(導電性)、熱伝導性を兼ね備えた次世代材料です。その優れた特性から、電池電極、導電性樹脂、フレキシブルデバイスなど、幅広い分野での応用が進んでおり、現在では世界で年間1万トン以上が生産される実用材料となっています*1。

 

これらのデバイスの中では、長さが十分に長いCNTがランダムな方向に交差したネットワークを形成することで高い導電性が得られます。しかし、CNT原料はファンデルワールス力やπ-π相互作用などでバンドル(束)化されているため、それらをほぐしてバラバラになった状態、すなわち、分散性の高い状態にしなければなりません。高分散CNTを活かしたデバイスを製造するにはドライ法とウェット法という2種類の方法があります。ドライ法で作製したCNTは高い結晶性を維持できるものの、コストが高く、用途が限定されるという課題があります。このため、一般的な工業プロセスでは、CNTの溶液を基板上に塗布して薄膜デバイスを製造するウェット法が、スケーラビリティの高さ、大面積化の容易さ、低コストなどの理由からよく採用されています。しかし、ウェット法でしばしば用いられる超音波処理はCNTに欠陥が生じるリスクが高く、高い導電性が必要なデバイス製造において大きな障害となっています。超音波処理を必要としないウェット法によるCNTデバイス製造法が実用化されると、光の透過性に優れた高性能透明電極の作製が容易となり、タッチパネルや太陽光パネルなどへの応用が期待されます。

 

研究の経緯

産総研ではこれまでに、分散剤を添加することで高導電性塗布膜の性能向上を実現するなど、工業プロセスに適したウェット法の改良に取り組んできました(産総研プレス発表2019年1月11日)。一方で、CNT応用研究の過程で明らかになった課題として、従来のウェット法は、超音波処理によるCNT品質の劣化や、利用可能な溶媒が限られることによって、印刷法などの多様な成膜プロセスに対応しにくいことが挙げられ、実用化を阻害する要因となっていました。このため、今回はCNTの分散性とそのメカニズムに着目し、AIを活用して溶媒や分散条件を合理的に最適化する手法の開発に取り組みました。

 

なお、本研究開発の一部は、日本学術振興会の科研費(21K04842)による支援を受けています。

 

研究の内容

従来のウェット法におけるCNT分散では超音波処理が広く用いられていますが、強い振動エネルギーを与えることによりCNTが損傷し、欠陥が生じたり、官能基が導入されたりするほか、長さが短縮するといった問題がありました。本研究では、これらの課題を回避するため、分散条件を合理的に最適化し、超音波処理よりもマイルドな条件でCNT本来の品質を維持したまま分散する手法の開発に取り組みました。

 

分散条件の最適化については、機械学習を活用しました。学習データ収集のため、分散剤としてポリアクリル酸(PAA)を用い、アルコール系を含む27種類の溶媒でCNT分散実験を行いました。一般に、CNTの分散性評価にはCNT分散液の吸光度がよく用いられていますが、この方法ではCNTネットワーク構造そのものの変化を捉えることは容易ではありません。本研究では、分散前後のSEM画像を画像解析し、CNTバンドルの解繊度としてCNT分散性を定量化することを試みました。得られた分散データに対し、有機溶媒の分子構造を記述子として機械学習モデルを構築することで、10万種類以上の有機溶媒に対して、分散性の予測が可能となりました。また、機械学習による予測では、その予測根拠がはっきりしないことが多いために、予測結果の信頼性を担保できないという問題があります。そこで、各種の有機溶媒による分散性のメカニズムを理解するため、ハンセン溶解度パラメーター(HSP)を用いて、CNT・PAA・溶媒の三者間相互作用を解析し、CNT分散マップを構築しました(図1)。ここで、解繊度が0.80以上の色で塗られている領域にある分散液では、CNTバンドル径が28 nm以下となっています。このサイズは、CNTが大きな凝集体を形成せず、しっかりほぐれている状態であり、高い導電性や成膜均一性に寄与する“有効な解繊状態”を示しています。これにより、分散性の高い溶媒領域を可視化し、最適な溶媒または混合溶媒を合理的に選定できるようになりました。従来、HSPは「構造が似た溶媒ほど距離が近く、相性がよい」という指標として用いられてきましたが、本研究ではPAA分散系におけるCNT–PAA–溶媒の三者関係を取り入れることで、分散性の本質に迫る新しい視点を獲得しました。さらに、分子動力学シミュレーションにより、異なる溶媒におけるCNT-PAAの相互作用および挙動を解析しました。その結果、溶媒–PAA間の相性が高いエタノールでは、PAA–CNT相互作用が弱まり、PAAがCNTから脱離しやすくなることが示されました。一方、溶媒–PAA間の相性が低いオクタノールでは、PAA–CNT相互作用は強くなるものの、PAAが凝縮して動きが制限されるため、CNT同士を引き離して広げる作用が十分に働かないことが確認されました。これらと比較して、分散性に優れる2-ブタノールでは、PAAとCNTの相互作用が、エタノールのように弱すぎず、1-オクタノールのように強すぎない最適な範囲に保たれており、この適正な相互作用がCNTの高分散性をもたらす要因であることが明らかになりました。

 

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分散性の高い溶媒は、CNTバンドルをほぐしやすく、分散に必要なエネルギーを小さくすることができます。従来は細かく分散するために強力な超音波処理が用いられてきましたが、本研究では、図1に示すように分散性の高い2-ブタノールを用いて、比較的マイルドな条件で超音波処理を用いずにCNTを分散する手法を検討しました。CNT分散液中のCNTの品質評価にはラマンスペクトルを用いました。ラマンスペクトル測定では、結晶性に由来するGバンドと欠陥に由来するDバンドが観察され、G/D比によりCNTの結晶性を簡便に評価できます。本研究で開発した、高速攪拌のみで作製したCNT分散液のラマンスペクトル測定では、図2(a)に示すように、原料CNTとほぼ同様に、Dバンドが非常に弱く、G/D比は160を超える高い結晶性を示しました。これは、分散プロセスによって欠陥がほとんど生じていないことを意味します。図2(b)で示した電子顕微鏡観察からも、CNTが20 µm以上の長さを維持したまま均一に細かく分散されていることが分かりました。さらに、得られたCNT分散液を用いて透明導電膜を作製し、その光学特性と電気特性を評価しました。図2(c)に示すように、作製した透明導電膜は、波長500 nmにおける光透過率90%でシート抵抗35 Ω/sq.という高い導電性を示しました。これは、従来のウェット法で得られる成膜性能を上回り、ドライ法で作製した膜にも匹敵する性能です。

 

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ウェット法の最大の利点は、印刷を含む多様な成膜プロセスに適用できる点です。本研究では、図3(a)に示すように、図1で構築した分散マップを基に解繊度が0.8以上を示す溶媒の沸点と粘度を整理しました。これにより、多様な成膜技術に適用できるCNT分散液の設計が可能となり、用途の拡大につながります。例えば、スピンコートでは、急速な乾燥と均一な膜形成を実現するため、約100 ℃付近の沸点で低粘度の溶媒が適しています。バーコートでは、大面積塗布の安定性を保つために、100〜150 ℃程度のやや高い沸点と低粘度が望まれます。一方、スクリーン印刷やブレードコートでは、インクの安定性とパターンの精度を保つため、より高い沸点と高い粘度の溶媒が必要となります。このように、解繊度の高い溶媒についてその沸点や粘度を可視化することで、分散性を維持しつつ、成膜プロセスに応じた最適な溶媒を選択することが容易になりました。例えば、高解像度のスクリーン印刷を行うために、本研究では3-メチル-1,5-ペンタンジオール(MPD)を溶媒として選択しました。この溶媒は、高い粘度(20 ℃で181 mPa·s)と約250 ℃という高い沸点を有しており、スクリーン印刷に適した特性を備えています。その結果、図3(b)に示すように、18.5 µmという極細CNTラインのスクリーン印刷に成功し、世界最高性能の印刷型CNT透明導電膜を実現しました。

 

今後の予定

本研究の成果は、すでに一部で商品化が進んでおり、産業化に向けた取り組みも着実に進展しています。今後は、CNTの基盤技術として、より多くの企業・研究機関との連携を促進し、透明導電膜や次世代電池材料などへの社会実装を加速させることを目指します。

 

参考

*1: https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3446

 

論文情報

掲載誌:Advanced Functional Materials

論文タイトル:Rational design of printable carbon nanotube transparent conductive films via data-driven and mechanistic insights

著者:周英、野村健一、室賀駿、米谷慎、Futaba N. Don、阿澄玲子、山田健郎、畠賢治

DOI:10.1002/adfm.202524038

 

用語解説

ウェット法

CNTを溶媒や分散剤とともに液体中に分散させ、その分散液を塗布・印刷・コーティングなどによって膜や構造体を形成する手法の総称である。多様な基材に適用でき、スケーラブルで低コストな製造が可能な点が利点で、工業プロセスに広く用いられている。一方、従来の強い超音波処理ではCNTが損傷しやすく、分散剤残渣や均一性の不足が性能を低下させるなどの課題が存在する。

 

超音波処理

液体中に強い振動(超音波)を与えることで微細な気泡を発生・崩壊させ、その衝撃によって粒子をほぐしたり混合したりする手法である。CNT分散では、凝集したCNTバンドルを解きほぐす目的で広く用いられてきたが、過度な超音波処理はCNTに欠陥を導入したり、短く切断したりする原因となるため、品質劣化を招く点が課題とされている。

 

機械学習

コンピュータが大量のデータから自動的にパターンや法則を学び、予測や分類、最適化などを行う技術である。人間が一つひとつルールを書かなくても、データに含まれる特徴を基に判断モデルを作り出せる点が特徴で、材料開発では、実験データや分子構造の情報から最適な材料や条件を予測する用途で活用されている。

 

ドライ法

CNTを溶媒に分散させず、粉末や成長直後の状態のまま乾式で膜や構造体を形成する手法の総称である。分散プロセスを使わないためCNTの結晶性や長さを損なわず、非常に高い導電性・高品質を得やすい点が特徴である。一方で、装置が高価で大面積化や多様な基材への適用が難しく、量産や汎用的な成膜プロセスとの両立が課題とされている。また、CNT粉末のドライ分散も検討されているが、解繊効率が極めて低く、実用化には至っていない。

 

結晶性

CNTにおける結晶性とは、カーボン原子がどれだけ規則正しく並んでいるかを示す指標である。構造が整っているほど電気や熱が流れやすく、強度や耐久性も高くなるため、CNTの性能を左右する重要な性質となる。一般に、ラマンスペクトルで観測されるGバンド(結晶由来)とDバンド(欠陥由来)の比であるG/D比が高いほど、欠陥が少なく結晶性が優れていることを示す。

 

解繊度

CNTバンドルがどの程度まで細く解繊されているかを示す指標であり、初期バンドル径に対する解繊後の平均バンドル径の比の常用対数から算出される。本研究で用いたCNT粉体の初期バンドル径は約150 nmであり、これが平均バンドル径15 nmまで解繊された状態を解繊度1と定義する。均一な透明導電膜を成膜するためには、解繊度0.8以上、すなわち平均バンドル径が約28 nm以下であることが必要である。

 

ハンセン溶解度パラメーター(HSP)

1967年にCharles M. Hansenが博士論文で提案した、物質の溶解性や相溶性を予測するための指標である。物質同士がどれだけ混ざりやすいか(相性の良さ)を、分散力・双極子相互作用・水素結合力の3要素に分けて数値化したもので、物質と溶媒それぞれのHSPを3次元空間で比較し、その「距離」が近いほど相性が良く、溶けやすい・分散しやすいことを意味する。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260121/pr20260121.html