創刊以来、本県の営みを刻み続けてきた下野新聞。かつて一読者として本紙と共に育ち、現在は表現者として紙面を彩る「県民の誇り」がいる。宇都宮市出身の直木賞作家門井慶喜(かどいよしのぶ)さん(54)と、本社イメージキャラクターを務める益子町出身のタレント井上咲楽(いのうえさくら)さん(26)だ。古里の新聞を「情報の物差し」「生涯のドキュメンタリー」と評する二人。本紙に寄せる思いと提言を聞いた。
創作に新聞を活用するという門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影
創作に新聞を活用するという門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影

 門井慶喜さんは生粋の新聞ファンだ。宇都宮市で過ごした幼少期、家族で本紙を愛読した。読後は野菜を包む道具となり、書道の練習では墨で汚さないよう床に広げる。日々の風景に、常にインクの香る古新聞があった。母が新聞紙を丸めて火をつけ、石油ストーブに移す光景も、今では懐かしい生活の断片だ。

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 忘れられない原体験がある。少年時代、父と外出した帰り、JR宇都宮駅でタクシーを待っていた。だが車両は一向に現れず、長蛇の列に並んでやっとの思いで帰宅した。

 その数日後、本紙に「タクシー不足」を憂慮する記事が載った。驚いたのはさらに数カ月後だ。再び駅の乗り場へ向かうと、今度は車両がずらりと並んでいた。「新聞はすごい。世の中を変えるんだ」。強固で不変だと思っていた大人の世界に弱点があり、それを動かそうとする人がいる。その有効な手段として新聞があることを知った衝撃。驚きと感動が胸に刻まれた。

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 「銀河鉄道の父」での直木賞受賞時、記者会見や喜びに沸く家族の姿など、本紙も快挙を大きく報じた。印象に残るのは受賞直後(2018年3月7日付)の1面コラム「雷鳴抄」だ。本県関係者として24年ぶりとなる栄誉をたたえつつ、嘆き節で締めくくられていた。

 〈残念なのは巻末の著者略歴に宇都宮の記述がないこと。3歳から人生の半分を過ごした宮っ子である。(中略)なんとかならぬものだろうか〉

 祝福の一方で、地元紙から届いた悲哀にも似たメッセージ。「下野新聞ならではの着眼点。お叱りをいただいたのをよく覚えている」と、門井さんはどこかうれしそうに頭をかいた。

«2018年3月7日付雷鳴抄はこちら»

直木賞受賞を喜ぶ家族の姿を報じた本紙。当時を懐かしみ笑顔を見せた門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影
直木賞受賞を喜ぶ家族の姿を報じた本紙。当時を懐かしみ笑顔を見せた門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影

 現在は大阪に拠点を置く。大阪に地方紙がないことを知り、大きな「欠落感」を覚えたという。全国紙発祥の地ゆえの状況かもしれないが、地方紙と共に育った身には、それは古里の山や川といった風景が欠落しているのと同義だった。

 「地名が入った地方紙は、そこにあるのが当たり前の安心感。地方紙があるという事実は、その土地に住む誇りと直結している」

 事務所には約1万5千冊の蔵書があり、自身に関する記事のスクラップも書庫の棚に並ぶ。中学時代からパソコンに親しみデジタルへの許容度は高いが、資料の大半は今も紙媒体だ。

小説を通して「歴史」を見つめる門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影
小説を通して「歴史」を見つめる門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影

 現在も全国紙3紙を併読。読者の目で、時には文筆家の目で。情報内容に限らず、文章構成や見出しの文体を気に留めながら活字の海を泳ぎ続ける。

 気になる記事をはさみで切り取り、無造作に箱へ。直木賞作家の手にかかれば、この「スクラップボックス」はアイデアの宝箱に変わる。「目的なく読み返す中での偶然の出会いこそが、創作の源泉になる」。古書にも思いや気付きを書き込みながら読み進めるほどのアナログ派。昔ながらの作法が執筆の秘訣(ひけつ)だ。

 門井作品には宮沢政次郎(みやざわまさじろう)(賢治(けんじ)の父)や前島密(まえじまひそか)など、各地の“隠れた功労者”が多く登場する。歴史作家を一種のジャーナリストと捉える門井さんは「誰しも最初は地方の人。地域に根差した『人間の本分』を描くのは、地方紙の仕事と通じている」と語る。

 執筆の際、地方紙は貴重な資料にもなる。歴史資料を読み込んだ最後に行うのが、地方紙での「答え合わせ」だ。地元の記者の視点や土地の人が読む言葉に触れることで、自身が描こうとする人物像が、その土地の風土から浮いていないかを確認する。地方紙は歴史と現代をつなぐ最終的な検証材料なのだ。

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 誰もが情報発信できる現代、新聞は情報の「スタンダード」であり「物差し」であるべきだと説く。ネットでは事実と意見が混在し、切り抜きの言葉が独り歩きする。「地方紙は読者との距離が近く、うそがつけないプレッシャーがある。その誠実さこそ強みだ」。だからこそ無難な記事ではなく、書き手の視点が見える「言葉」を求める。

 昨夏、本紙が発行した宇都宮空襲の特別紙面を手渡すと、じっくりと目で追い「栃木県の近現代史そのものですね」と門井さんはうなずいた。「SDGsやタイパなどの流行語は、100年後の読者には通じない。100年後も耐えうる言葉を選び、記録としての価値を追求してほしい」

宇都宮空襲の特別紙面をじっくりと読む門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影
宇都宮空襲の特別紙面をじっくりと読む門井さん=2025年12月、大阪府内、森田大地撮影

 最後に挙げたのは、足尾銅山鉱毒事件を追った田中正造(たなかしょうぞう)が幸徳秋水(こうとくしゅうすい)に直訴状の代筆を頼んだ際、数字の正確さにこだわった逸話だ。「客観的な根拠を持ち、核心を突く『一語』を求めればいい」。次代の記者たちへ、郷土の記憶を託した。

 かどい・よしのぶ 1971年生まれ、宇都宮市出身。宇都宮東高、同志社大文学部卒。2003年「キッドナッパーズ」でオール読物推理小説新人賞、18年「銀河鉄道の父」で直木賞を受賞。22~23年、本紙で「ゆうびんの父」を連載し、好評を博した。