益子町駅伝大会、高校卒業、二十歳のつどい、そして聖火ランナー。大小を問わず人生の節目を報じる本紙の記事は、井上咲楽さんにとって、古里・栃木への「近況報告」そのものだ。
デビューから十余年。テレビ出演やレシピ本の出版、登録者数が伸び続けるユーチューブチャンネルなど幅広い人気を誇り、等身大のメッセージを発信する。
本紙との縁を、「まるで一本のドキュメンタリー番組を撮り続けてもらっているみたい」と表現する。「下野新聞に載ると、恩師に会った時のように背筋が伸びる」と屈託なく笑った。
幼少期の本紙の思い出は、今は亡き祖父母と自身を結び付ける大切なツールでもあった。朝、祖父お手製の木製新聞受けから新聞を取り出すのが、井上さんの役目だった。各面をじっくりと読む祖父母の姿が、家族の原風景として記憶に刻まれている。
新聞に取り上げられると、誰より喜んでくれたのが二人だった。紙面のどこかに「咲楽がいないかな?」と孫娘の姿を心待ちにしながらめくってくれていたという。丁寧に保管されていた掲載紙は、「かけがえのない思い出の品」として譲り受けた。
心に残る記事として、両親がインタビューを受けた企画「わたしの子育て」(2019年8月10、17日付)を挙げる。井上さんは取材に同席しておらず、「面と向かっては言われないような少し恥ずかしい本音。手紙とも違う、温かいメッセージ。父と母の思いを受け取れたのは、すてきなプレゼント」と相好を崩す。
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19年には宇都宮で開催されたNIE(教育に新聞を)全国大会の特集面で取り上げられるなど、若き新聞愛読者としての顔も定着。くしくも紙齢5万号当日は、衆院選の投開票日と重なった。インタビューを行った1月半ば、「新聞の季節ですね」と政治の話題を絡めてニヤリ。実家の両親に「選挙期間中の下野新聞は捨てないで」と頼むことも忘れない。「地元紙でしか報じられない、現場の空気感や住民たちの切実なリアクションをじっくりと読みたい」と期待を寄せる。
一方で、X(旧ツイッター)やインスタグラム、note(ノート)、そしてユーチューブ。複数の交流サイト(SNS)を使いこなす井上さんは、ネット社会の現状を冷静に見つめている。
「ネット社会は『事実(情報)』と『個人の意見』が混在しているなと感じる。また、人工知能(AI)の発達などにより、興味のある内容ばかりが届く現状にも危機感がある」
SNSの投稿だけで記事になったり、断片的な情報から批判的な声が届けられたりする経験も踏まえ、「言葉の独り歩きは怖い。情報の真偽を見極める力が受け手側にも問われている」と実感を込めた。
便利な世の中だからこそ、人と人が顔を突き合わせ、言葉の背景までくみ取る新聞の「アナログな取材」に信頼を寄せる。「記者が深い関心を持って、丁寧に向き合ってくれる。それが新聞の大きな強み」
あまたの取材を受けた経験は、ホスト役を務める長寿番組「新婚さんいらっしゃい!」での振る舞いにも生きる。普段は取材を受ける側だからこそ、ゲストの夫婦からいかに本音を引き出せるか、相手への共感を大切にする。
共に司会を務めるタレント藤井隆(ふじいたかし)さんの存在も大きい。ささいな言動が誰かを傷つけてしまう時代、ベテランでありながら感覚をアップデートし続ける姿を間近で見ている。「藤井さんは、常に『その言葉で誰かを傷つけないか』『ふさわしい表現か』を自問自答されている。その言葉に対する誠実な向き合い方を、隣で学ばせていただいている」。発信者としての責任を重んじる姿勢は、正確な裏付けに基づいて言葉を紡ぐ新聞制作とも通じる部分だ。
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情報過多の時代、若い世代として新聞に望むのは「地域住民も知らないような、広く深く細かい地元の情報」の記事化だ。県内書店の減少、クマの出没、そして市町の駅伝大会。「小さな文字でも、名前が載ることは特別だった」と自身の原点を振り返り、懐かしそうに目を細める。
本社イメージキャラクターとして、紙面と読者をつなぐ大役を担う。「私自身が輝くことが、下野新聞を知ってもらうきっかけにもなる」。益子町生まれ、下野新聞育ち。古里の“孝行娘”がつづる新たな活躍は、これからも終わりのないドキュメンタリーとして読者の心を捉え続ける。
いのうえ・さくら 1999年生まれ、益子町出身。茂木高卒。2015年、ホリプロタレントスカウトキャラバンで特別賞を受賞しデビュー。朝日放送「新婚さんいらっしゃい!」などで司会を務める。24年、本紙イメージキャラクターに就任した。
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