鈴木記者 松本さんのノート、質問がびっしりですね。
松本さん 忘れないようノートにまとめてきました。
鈴木 私も取材前は必ず質問を書き出します。準備を大切にする姿勢は記者と同じですね。なぜこの記事を選んだのですか。
松本 授業やテレビで「戦後80年」と聞き、詳しく知りたいと思いました。県内の被爆者の方や中学生が広島へ行く記事を読み、身近に感じたからです。執筆ではどんなことを工夫しましたか。
鈴木 被爆者の悲しみや平和への思いを、栃木の人にも「自分ごと」として受け止めてもらえるよう、原爆の日の式典に出た本県の遺族や中学生の姿や声を丁寧に伝えることを心がけました。最後の一文の「伝えることを諦めない」は私自身の決意です。
松本 記事を読み、小山市の博物館で開かれていた戦争に関する企画展へ行きました。戦時中に着ていたボロボロの服や手紙を見て、平和の大切さが本当の意味で分かった気がします。
鈴木 現地に足を運ぶのはとても大事なことですね。スクラップにも挑戦していますが、苦労や楽しさはありますか。
松本 記事に出てくる難しい漢字を辞書やタブレット端末で調べるのは大変ですが、パズルみたいにレイアウトを考えるのは楽しいです。
鈴木 情報を調べるときも、新聞を活用していますか。
松本 インターネットは便利ですが、間違っていることもありますね。記者の皆さんが調べた「本当のこと」が載る新聞は信じられます。
鈴木 松本さんと同年代にも読んでもらうにはどうすればいいでしょう。
松本 自分たちと同じ、小中学生が頑張っている話題が載っていると、共感して読みたくなるはずです。鈴木さんは若い世代の記者ですが、5万号の歴史をどう感じますか。
鈴木 昔はインターネットもなく不便で、鉛の活字を地道に組み合わせるなど新聞を作るのは本当に大変だったと聞きます。現場に足を運び、自分の目で見て記事を書く。先輩たちが続けてきた努力を、自分もつないでいきたい。松本さんが記事の感想として添えてくれた「記憶を記録に」という言葉にも、伝えることへの強い思いを感じました。
松本 被爆者の方が少なくなっていると知り、今ある「記憶」を「記録」として残さないと忘れられてしまうと思いました。いつか子どもが生まれたら、新聞で読んだことや母から聞いた曽祖母の戦争体験などを、大切に伝えていきたいです。
鈴木 私も記者として何を伝えられるか、いつも考えています。松本さんも松本さんなりのやり方で、伝えることを諦めず頑張ってくれたらうれしいです。

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