父の記事が掲載された60年以上前の本紙コピーを手にする黒崎さん

父の記事が掲載された60年以上前の本紙コピーを見つめる黒崎さん

父の記事が掲載された60年以上前の本紙コピーを手にする黒崎さん 父の記事が掲載された60年以上前の本紙コピーを見つめる黒崎さん

 宇都宮市板戸町、主婦黒崎久美子(くろさきくみこ)さん(63)はこのほど、3歳の時に事故で亡くした父の生前の活動ぶりを伝える、60年以上前の本紙記事を見つけた。父の話は家族から聞いていたが自身には記憶がなく、記事が父の存在を示しているように感じている。「父と再会できたようで、本当にうれしい。記事として残す意味を感じました」と喜びをかみしめている。

 黒崎さんは高根沢町出身。米農家で、父の鈴木孝(すずきたかし)さんは20代前半だった1959年、下野新聞社などが主催した第1回県農業コンクール米麦経営部門で最高位の農林大臣賞を受賞。黒崎さんが3歳、弟は2歳だった65年の年末、親戚の家にバイクで餅を届ける途中に事故に遭い、帰らぬ人となった。29歳だった。

 黒崎さんも弟も記憶はなく、母や親戚の話からどんな人だったのか想像した。母が保管していた59年5月21日付の表彰式の本紙記事は、貴重な資料だった。

 父について調べたいと思いつつ機会をつくれずにいたが、没後60年となる昨年の11月に県立図書館を訪れた。同日付の記事を手がかりにマイクロフィルムに複製された記事を探すと、コンクールの関連記事が5件ほど見つかった。顔写真付きの父の談話や恩師の話、盛大に開かれた表彰式の様子を知り、「お父さんは米作りを頑張っていたんだな。すごい人だったんだな」と胸がいっぱいになった。

 7人きょうだいの長男だったこと、大学進学を目指していたが家族に反対されたことなど、父の人となりは親戚の話で聞いていた。勉強熱心だったことは、家に残っていた新聞のスクラップや、仕事に使ったのかもしれない顕微鏡や試験管からも分かった。

 しかし活字に残っていることで「父のことが客観的に分かり、存在をより実感できる」と語る。以前、病気やけがをしたときも、母親が残した記事が心の支えになった。「新聞があって、本当に良かった。これからの人生の活力になります」とほほ笑んだ。