月の海に眠るイルメナイトの含有量をリモートセンシングで正確に知るためのデータ基盤を整備
ポイント
・ 最大25段階の比率で混合したイルメナイト(FeTiO3、チタン鉄鉱)と輝石の混合粉体で月面を再現し、反射スペクトルデータを取得
・ 幅広い混合比で得られたスペクトルデータの解析により、イルメナイト含有量を正確に推定するための指標を確立
・ 月面のリモートセンシングでイルメナイト含有量分布を推定する際の精度向上、ひいては月の資源開発推進に貢献
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602194311-O1-AT87E75s】
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門 松岡 萌 研究員、山本 聡 研究グループ長は、月面のイルメナイト(FeTiO3、チタン鉄鉱)含有量をより正確に推定するためのデータ整備を行いました。
月面に存在するイルメナイトは水や酸素、鉄、チタンが得られることなどから、月における有人活動を支える重要資源に位置付けられています。月面のイルメナイト分布には偏りがありますがその詳細はいまだ明らかではなく、その分布情報は月面基地建設の候補地選定など、月における資源開発のための手がかりとして重要です。月探査衛星のリモートセンシングによる反射スペクトルデータの解析は、イルメナイトの分布を知るための強力な手段の一つです。しかし、イルメナイトは他の主要構成鉱物との混合比率によってスペクトルの特徴が著しく変化することから、従来の解析手法ではその含有量を正確に推測することが困難でした。
今回、イルメナイトが混在した月のレゴリスを再現するために、月に存在するものと同等の粒径に粉砕したイルメナイトと輝石を混合し、反射スペクトルデータを取得する実験を実施しました。輝石に対するイルメナイトの質量比率を1 %以下まで細かくコントロールして混合し、0 %から最大50 %まで最大25段階で混合比を変えながら反射スペクトルデータ解析を行うことで、イルメナイトを含有する混合物の分光特性を明らかにしました。併せて、実験試料の形状観察および化学組成分析を行うことで、信頼性の高い月探査スペクトルデータ解析に有効なデータ基盤を整備しました。
この結果を用いることで、月の探査衛星から得られるハイパースペクトルデータ解析によるイルメナイトの含有量推定の精度が向上し、月の資源開発推進に貢献します。
なお、この技術の詳細は、2026年2月24日に「The Planetary Science Journal」に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260224_2/pr20260224_2.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
近年、国際宇宙探査が活発化する中で、地球から最もアクセスしやすい天体である月は、現実的な産業利用拠点として注目が高まっています。イルメナイトは月の玄武岩に多く含まれ、水や酸素、鉄、チタンが得られます。これらの物質は、⼈類が⽉⾯で基地建設をしたり有⼈活動を続けたりするのに必要不可⽋な資源です。
イルメナイトは月面に偏在していますが、その詳細な分布はいまだ明らかではなく、これを明らかにすることは、月面基地建設の候補地選定などの月における資源開発に欠かせません。また、科学的側面からもイルメナイトは重要な物質と言えます。月の形成・進化過程が完全には解明されていない中、「月の海」をはじめとする月面を形成する主要な鉱物である玄武岩中のイルメナイトは、月の内部情報を記録している、いわば「月マグマからのボトルレター」だからです。イルメナイトが月のマグマ組成を明らかにし、月の形成進化プロセスを明らかにする鍵を握っていると言っても過言ではありません。
月面のイルメナイトの分布を知るための手段としては、リモートセンシングによる反射スペクトルデータの解析が有力ですが、次のような課題がありました。まず、イルメナイトはごく微量を他の鉱物に混合するだけで、混合岩石の近赤外域反射スペクトルデータ解析結果に影響を及ぼすことが示唆されています。しかし、その分光特性は定性的および定量的に解明されていませんでした。さらに、既存のハイパースペクトルデータに基づくイルメナイトの判定指標は、指標を構成する実験的な検証データの精度不足により定量性に改善の余地があり、計測可能な濃度範囲が狭く実用に適しませんでした。
研究の経緯
産総研では、紫外域から赤外域におよぶハイパースペクトルデータが取得可能な、室内分光測定実験システムの開発を進めています。月探査衛星で取得されたハイパースペクトルデータを用いたイルメナイトの分布解析に関する研究についても成果を出しています(2025年3月17日 産総研プレス発表)。可視光線および近赤外線(波長500 nmから2500 nm付近)の反射スペクトルを用いた解析により、月面でイルメナイトが濃集する地点の判別に成功しました。
月探査衛星が取得したハイパースペクトルデータを用いて月面のイルメナイトの含有量を正確に推測するためには、月面に存在する他の岩石鉱物とイルメナイトの混合物の分光特性を、正確に把握することが不可欠です。今回は開発中の室内分光測定実験システムを活用して、月面の輝石とイルメナイトの共存状態を、さまざまな混合比の実験試料を作製することで実験的に再現し、紫外域から近赤外域までのスペクトルデータ解析を行いました。
研究の内容
本研究では、リモートセンシングで月面のイルメナイト含有量およびその分布を正確に知るための基礎データを整備する目的で、さまざまな混合率のイルメナイト混合粉体を試料として作製しました。イルメナイトと混合させる岩石鉱物としては、輝石および玄武岩を用いました。イルメナイトに輝石を混合した場合は比較的純粋な混合状態を再現し、玄武岩を混合した場合はより月面の環境に近い混合状態を再現しています。輝石または玄武岩に対するイルメナイトの質量比率を1 %以下まで細かくコントロールして混合し、0 %から最大50 %まで最大25段階で混合比を変えながら反射スペクトルデータを取得することで、イルメナイトを含有する混合物の分光特性を明らかにしました。特にイルメナイトはそれ単体では非常に暗く、輝石などの明るい鉱物に対して少量でも混合した場合、暗化と呼ばれる現象が強く生じることが知られていました。 本研究では、緻密な混合実験を通じてイルメナイトの暗化の性質を明らかにし、これがハイパースペクトルデータに与える影響を定量的に解明しました(図1)。
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また、輝石(または玄武岩)100 %の状態からイルメナイト含有量を増加させていく量的な「混合実験」と平行して、イルメナイト100 %の状態から輝石(または玄武岩)が占める表面積を増加させていく面的な「マスキング実験」という独自の新規アプローチも採用しました(図2)。混合実験では月の海の玄武岩の典型的な組成を想定して、イルメナイト含有量の大小によってハイパースペクトルがどのようなバリエーションを示すのか明らかにすることを目指しました。一方、マスキング実験では視点を変えて、月面のイルメナイトリッチな領域に玄武岩的な物質が降り積もった場合に起こり得るスペクトル変化を調べました。低重力環境で大気を持たない月面では、もともと表面の岩石に含まれていた輝石が隕石衝突などを受けて飛ばされ、一部が近くのイルメナイトリッチな領域上に降り積もるようなことが起こり得ます。このマスキング実験の結果、イルメナイト反射スペクトルに特徴的な900-nmピーク形状は輝石や玄武岩の影響を受けず、イルメナイトの判別に有用であることが分かりました。
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さらに本研究では、紫外域のスペクトル形状とイルメナイト量との相関が良く、線形の対応関係を示すことを見いだしました(図3)。これは、輝石や玄武岩のスペクトルは、もともと紫外域に強い吸収帯を持つため紫外域の反射率に限ってはイルメナイトと同程度に低く、その結果紫外域ではイルメナイト混合による暗化が起こらず、輝石・玄武岩・イルメナイトそれぞれのスペクトルの吸収帯の強弱が主に混合スペクトルに影響したためと考えられます。従来の、月面のイルメナイト量推定に用いられることの多かった可視・近赤外スペクトル指標はイルメナイト量との相関が非線形的であり、特にイルメナイトが多い領域でのイルメナイト量推定が困難でした。月の海のイルメナイト量を推定するためのハイパースペクトルデータ解釈では、スペクトル指標に紫外線反射率を含めることで精度良い推定が可能となることを初めて定量的に示しました。
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今後の予定
月はサイエンスのみならず産業利用や資源探査の対象として近年さらに注目が高まっており、国内外の民間企業の技術開発も活発化しています。本研究の成果はこうした活動の土台となる資源鉱物に係る月の地質情報を提供するものです。今後、他の月主要構成鉱物も用いてイルメナイト混合に関する室内実験を展開し、鉱物反射スペクトルデータベースの構築および月における鉱物組成分布に関する情報を明らかにする予定です。これにより、具体的な採掘候補地点の絞り込みに必要な月資源に係る知的基盤整備を目指します。
論文情報
掲載誌:The Planetary Science Journal
論文タイトル:UV-Vis-NIR reflectance spectra of ilmenite mixtures: Implications for estimation of TiO2 content in lunar mare regions
著者:Moe Matsuoka & Satoru Yamamoto
DOI:https://doi.org/10.3847/PSJ/ae3746
用語解説
イルメナイト(FeTiO3、チタン鉄鉱)
鉄とチタンを主成分とする黒色または褐色の鉱物。化学式は FeTiO3。地球では火成岩や堆積岩中に見られる。月面では火山性堆積物中で存在量が大きい。また月アポロ試料中においても発見されている。反射率が低い物質であり、本研究で用いた試料(粒径48 µm以下)の場合波長550 nmにおける反射率は約0.03 ~ 0.045。
反射スペクトル
太陽光に代表される電磁波が物質の表面で反射する割合を、ある波長ごとに測ったデータのこと。測定対象の物質に触れずに、その物質の表面の特性を調べることができる。
レゴリス
月のような大気を持たない小天体の表層で見られる細粒の堆積物の総称。天体表層に元々あった岩石が隕石衝突の繰り返しによって粉砕されて形成される。月のレゴリスは岩石や鉱物の細粒粒子のほか、衝突加熱によってできたガラス状物質などが混在する。
輝石
SiO4四面体を基本構造とするケイ酸塩鉱物の一種で、イノケイ酸塩グループに分類される(イノはギリシャ語で鎖の意味)。SiO4四面体が鎖状に1列につながった結晶構造を持ち、鎖に隣接する陽イオンの種類によって異なる性質を示す。反射率はイルメナイトと比較して高く、本研究で用いた輝石(粒径155 µm以下)の場合、波長550 nmにおける反射率は約0.18 ~ 0.22。
ハイパースペクトルデータ
多数の連続波長帯で取得した詳細なスペクトル情報を含むデータ。JAXAが2007年9月に打ち上げた月探査衛星「かぐや」(SELENE)に搭載された光学センサ「スペクトルプロファイラ」の場合、可視域から近赤外域において185の連続波長帯でハイパースペクトルデータを取得した。
玄武岩
主に輝石、斜長石、カンラン石から構成される黒っぽい火成岩。地球では海底や火山地域で広く見られる。また月の海(月のうさぎの模様に例えられる暗い部分)を形成する主要な岩石でもある。
暗化
反射率が低下すること。暗化はイルメナイトのような暗い物質の含有量の増加の他、同じ物質同士でも宇宙風化や加熱脱水などさまざまな原因によって生じることが知られている。そのため、惑星観測のハイパースペクトルデータ解析においては反射率の地域差を比較することは重要な研究課題のひとつである。
900-nmピーク
細粒のイルメナイトの反射スペクトルで特徴的に見られるスペクトル形状。2つの顕著な吸収帯、すなわち波長約630 nmのTi3+-Ti4+電荷移動遷移吸収と波長約1300 nmのFe2+結晶場分裂吸収に挟まれた結果、上に凸の形状が見られる。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260224_2/pr20260224_2.html
ひとさじのイルメナイトと輝石の混合実験
国立研究開発法人産業技術総合研究所
18:00
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