『パリに咲くエトワール』メインビジュアル((c)『パリに咲くエトワール』製作委員会)

 「パリに咲くエトワール」より((c)「パリに咲くエトワール」製作委員会)

 『パリに咲くエトワール』より((c)『パリに咲くエトワール』製作委員会)

 インタビューに答える谷口悟朗監督=東京都内

 『パリに咲くエトワール』メインビジュアル((c)『パリに咲くエトワール』製作委員会)  「パリに咲くエトワール」より((c)「パリに咲くエトワール」製作委員会)  『パリに咲くエトワール』より((c)『パリに咲くエトワール』製作委員会)  インタビューに答える谷口悟朗監督=東京都内

 20世紀初頭、日本からパリに渡り、夢を追いかける2人の少女、フジコと千鶴の姿を描く長編アニメ映画『パリに咲くエトワール』(3月13日公開)。『ONE PIECE FILM RED』の谷口悟朗監督と、『魔女の宅急便』などのキャラクターデザインを手がけた近藤勝也らベテランスタッフが作り上げた原作のないオリジナル作品だ。谷口監督はこう語る。「より幅広い層の人たちに楽しんでもらうには、異世界転生やチート能力、ロボもいらない」。原作のあるアニメが多い現代で、なぜ谷口監督はオリジナル作品にこだわったのか。そこには監督が抱く危機感があった。(取材・文 共同通信=高坂真喜子)

 【パリに咲くエトワール あらすじ】

 20世紀初頭のパリに、日本から来た2人の少女が暮らしていた。画家を夢見るフジコと、武家の家系に生まれ、なぎなたの名手ながらバレエに心惹かれる千鶴。2人は夢に向かって歩き出すが、ある日、フジコの保護者である叔父が失踪してしまった。2人はそれぞれの夢をつかむことができるのか―。

(1)なぎなた描くために道場へ

▼記者 20世紀初頭のパリが舞台です。

●谷口 この時代のパリはいろいろと絵になりやすく、アニメにしやすいということがありました。

▼記者 バレエの要素を盛り込んだのはなぜでしょうか。

●谷口 途中で企画が行き詰まりかけた時に、脚本の吉田玲子さんから「バレエどうでしょう」と言われて、それは面白いので入れましょう、というのがスタートです。

▼記者 なぎなたのシーンもかなり凝っている印象がありました。

●谷口 魔法や不思議な力、謎の光線を出すわけにもいかない作品なので、所作を見せるのがすごく大事になってくる。なぎなたについて実際に調べて、取材で道場に通いました。作品に説得力を持たせるために、なぎなたを中心とするアクションに関しては殺陣作画監督として中田栄治さんに、バレエに関しては、経験者でもあるやぐちひろこさんにバレエ作画監督として入ってもらいました。

▼記者 なぎなたのシーンは手描きで表現されているのでしょうか。

●谷口 補助として部分的にCGも使ってはいますが、基本は手描きです。まだ競技としてのなぎなたが生まれる前の時代なので、現代の学校の部活や、道場でなぎなたを習っている人からすると違うと思う部分も、あえて残して描きました。武道だった時代のなぎなたをしっかり反映したので、今の競技用のなぎなたで使ってはいけない技も本編ではいくつか使っています。

(2)デジタルでは出せないゆがみや傾き

▼記者 バレエのシーンもすてきでした。

●谷口 これが本当に大変でした。脚本が出来上がって作ろうとしたのですが、バレエは振り付けがないとキャラクターが踊れない。振り付けのためには音楽がないといけない。

 しかし、ありものの音楽を持ってくるわけにはいかない。この作品のために演奏したものでなければならないし、現代の音楽は、現代的にアレンジされている可能性もあるから、結局、音楽を収録しながら同時にその演奏の様子を全部撮影して、それを元にして振付師さんに振り付けを決めてもらう。それをダンサーさんに覚えてもらい、モーションキャプチャーで、ダンサーさんのモーションデータを撮りました。

 『ONE PIECE FILM RED』ではキャラクターの歌を先行して作って、振り付けを考えてもらって、モーションキャプチャーで撮って、それをベースに作画していきました。ただその時は現代風の振り付け、動き、所作で良かった。

 今作はそうではないので、最終的には手で描かねばという事態も起きて、本当に大変でしたね。

 音楽担当の服部隆之さんにも、本編が出来上がる前に先に音楽を作ってくださいとか、いくつかお願いもしました。

▼記者 千鶴はロシア出身の元バレリーナのレッスンを受けます。ロシアバレエとパリのバレエの違いも意識して作っているんでしょうか。

●谷口 そうですね。また、バレエ作画監督のやぐちさんの方から、千鶴の表情の変化を表現したいと言われました。最初の頃は、踊るのにいっぱいいっぱいで表情が堅苦しい。でも次第に踊りに慣れてくると、彼女の中で表現の幅が広がってくる。それをどうアニメで表現していくか。その点で、今回声を担当してくれた當真あみさん、嵐莉菜さんに感謝しています。あの年齢とキャリアのいっぱいいっぱいさがなければできない芝居をしてくれました。

▼記者 背景美術もきれいです。

●谷口 担当のチームがいろいろと調べてくれました。例えばパリとモンマルトルの石畳の起伏の違いとかまで調べて、美術監督の金子雄司さんが背景美術として落とし込んでいます。

 昨今のアニメでは、最初からCGで組んでいくのを前提に作ることが多いですが、今作は、このカットで見せたい背景のポイントはここだというところを手描きを中心にしています。そうしないとこの時代のパリの雰囲気が出ないんです。デジタルツールを使った作り方だと、一直線できれいに線を引いてしまう。でも、現実の空間は、少しゆがんでいる。ビルも微妙に傾いていたり、天井もゆがんでいたりしますから。

(3)戦争映画ではなく

▼記者 画家を夢見るフジコは、自分の夢を追う場面よりも、バレリーナを目指す千鶴を応援する姿が多いように感じました。

●谷口 これは夢をかなえる話ではないんです。社会的に成功する話でもない。見てくださいとしか言えませんが、夢があったとして、それに対する向き合い方は人それぞれだと思います。映像を見た上で一人一人が感じていただけるとありがたいなと思っています。

▼記者 少女2人が奮闘する物語の背景で、第1次世界大戦も起きます。

●谷口 私は今作を戦争映画にするつもりはありませんでした。この映画で戦争の良しあしに関しても言うつもりはないです。

 ただ、第1次世界大戦があったから女性が社会進出できたというのは一つの事実だと思います。そういった要素があった方が伝わりやすいだろうと。例えば建築や工芸に関してもアール・ヌーボーからアール・デコに移り変わる時期です。大量生産、大量消費に向かっていく時に、カーブがいっぱい付いた装飾は大変で、直線的なものの方が作りやすい。同様に、第1次世界大戦も社会が変わっていくきっかけとして扱っています。

▼記者 映画の製作途中で新型コロナ禍が始まって大変だったそうですが、パリには実際に行かれましたか。

●谷口 2019年に一度行っています。翌年以降、コロナ禍で動きが取りづらくなったので、行っておいて良かったです。

▼記者 20世紀初頭が舞台ですが、当時、女性が日本からパリに行くのは大変だったでしょうね。

●谷口 女性が当時パリに行ったとしても男性に付随した存在になってしまう。その社会状況も全部ひっくるめて、変わっていく様子を描いています。女性が自己主張して何かをするというのがすごく大変な時代でしたが、次第に変わっていくんです。

 今回私がやろうとしたことの何割かは、「緑黄色社会」さんが主題歌の歌詞としてうまく拾ってくれていますので、作品を見て、聴いていただければと思います。

(4)オリジナル作品ないと「おしまいだ」

▼記者 作る上で意識したことはありますか。

●谷口 「普通のことを普通にやろう」という、昔から私がずっと言い続けていることです。それが一番大変なんです。そういう意識を持たないと、人は簡単に楽な方に流れてしまって、伝えたかった何かが欠落すると思います。その点については、私の今までの作り方と基本的には大きく変えたところはないです。

▼記者 今作はオリジナル作品です。

●谷口 志の問題です。ここ数年、原作ものの方が当然ながら利益を確保しやすいということで、そちらが主流になりつつはあるんですけれども、原作ものだけになってしまっては、日本のアニメはもうおしまいだと思っています。

 原作ものでアニメの作り手が使うのはアレンジャーの能力です。いわゆる編曲者で、作詞作曲の能力ではない。作詞作曲のようにゼロから作ることもやっておかないと、私もそうですけど、例えばプロデューサーも、どうすればいいか分からなくなってくるんですよ。意識がどんどん原作の下請けになってしまうんですね。

 いずれ、原作ものの波がなくなった時に、そうじゃない要素というのがちゃんと残るべきだと思っています。そういう多様性があるからこそ、生き残った作品が次の時代のメインストリームになる。ここが日本アニメのいいところだと思っています。そのためにもオリジナルとしての作品を残しておきたい。

 その上で、今作はできるだけ幅広い層の人たちに見てほしい。SFにしたら苦手な人たちもいるかもしれないし、異世界転生でも見る人が絞られるかもしれない。

 今回はきちんと真っ向勝負でやってみようと考えました。女性を中心に広がってもらえるといいですが、男性が見ても楽しめるはず。より広い人たちに楽しんでもらうには、“異世界転生”も“チート能力”も、ロボもいらない。意図的に外させていただきました。

▼記者 近年は異世界ファンタジーが人気です。

●谷口 SF的な方が主流だった時代もあるし、学園ものや魔法少女が主流だった時代もあります。いわゆる波みたいなものです。この作品には時代を超えた何かが入っています。時代の波とは違うところで見てもらえるとうれしいです。

▼記者 オリジナル作品を作ることが大切なのですね。

●谷口 原作がなければ、アニメーターがコンテを読んで、読解力を持って理解して、自分なりに表現しないといけない。ないものを作り上げる能力なので、私や脚本の吉田さん、キャラクター原案の近藤勝也さんが言わんとすること、やろうとすることを理解しなければならない。そうしたコミュニケーション能力も必要になってくるので、できるスタッフが限られてきます。オリジナル作品がなくなったら、その瞬間に日本のアニメはおしまいだと思いますよ。ただの下請けになるわけで、そんな業界に有望な人材なんか誰一人として来やしないです。今、スマホとノートパソコンかタブレットがあれば、それで映像を作れて、投稿することもできるので。

 そうさせないために、アニメ業界には夢が必要だと思います。自分たちの表現、自分たちならではの考えを形にすることができる。その上で、原作ものもできるというような形になればいいと思います。

【たにぐち・ごろう】1966年、愛知県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大)を経てアニメ業界へ。『無限のリヴァイアス』でテレビシリーズ初監督を務め、大ヒット作『コードギアス 反逆のルルーシュ』シリーズなどを手がける。