第1回大会は45歳の大平広(唐沢GC)が逆転で優勝を果たし、初代王者の座に就いた。
■県内9ゴルフ場で予選
県内9ゴルフ場で行われた予選を通過した45人の選手が、国内屈指の名門コースの日光CCを舞台とした決勝に参加した。2日間の日程で、最終日の決勝には30人が進出するという大会規定だった。
大平の優勝を伝える、1966(昭和41)年11月16日の下野新聞
最終日は風速10メートル近い“男体おろし”が吹き荒れる難しいコンディション。初日首位を走る中村彰志(唐沢GC)と1打差の好位置につけていた大平。アウトを1バーディー4ボギーの39とただ1人30台をマークして一気にトップへと躍り出た。
■終わってみれば完勝
バックナイン(後半9ホール)では中村の猛追に苦しめられ、14番で並ばれた。しかし16番パー3(185ヤード)で中村が痛恨のトリプルボギーをたたき、勝負あり。終わってみれば、5打差で大平の完勝だった。
3位は優勝候補ナンバーワンだった竹中十良雄(小山GC)。初日は首位に2打差の好位置につけたが、14番パー4で8打の大たたきで優勝戦線から離脱した。4位は初日に大平と並び1打差の2位につけていた地元の斎藤義夫(日光CC)が90で続いた。初日10位の小野弘睦(栃木CC)は、87とスコアを伸ばし一気に5位まで浮上した。
後に4勝を挙げて“ミスター知事盃”と評された26歳の富田昇吾(宇都宮CC)は初日82で4位につけたが、最終日は男体おろしに負けてスコアを崩した。
大会第1日の結果を伝える下野新聞(1966年11月15日)
1966年11月16日の下野新聞社会面

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