先日、仕事をしながらBGM代わりにラジオを聴いていたら、とあるシンガーソングライターへのインタビューコーナーになりました。

 MCの方が「〇〇さんは、しせん、きょくせん、どちらですか?」という質問をしていて、頭の中で単語変換できないので、そのまま検索エンジンを開いて(こうやって仕事から脱線していく)調べてみたのです。

 そしたら、「詞先」「曲先」でした。

 衝撃です。

 「歌」というものは、まず「歌詞」があって、そこに「曲」をつけていくものだと思っていたので…。

 少し似た話かもしれませんが、小説を書くにあたっても、書き方は2パターンあるということが最近分かりました。

 それは、頭に浮かぶ「文字をそのまま書いていくか」「動画を文章に直していくか」とのこと。

 私は後者です。

 人生において、私の読書の原点が漫画であること(絵本を親に読んでもらった記憶はありません)も理由かもしれません。それから小学五年生でSF小説に出会うまで、ひたすら漫画を読み続けていました。

 私が小説を読むとき、文章が頭の中で漫画化(コミカライズ)されます。その反対として、小説を書くときには頭の中で流れる漫画や動画を文章に直していくわけです。

 それが「物語を書くこと」かと思っていたのですが、頭に流れるのは映像ではなく文章である作家さんも多いのですね。

 純文学かエンタメか、の違いというわけでもないようです。

「空が青い」という描写を原稿用紙50枚書くことができたら、その人は純文学向きだと、とある有名作家さんが言ってました。
「空が青い」という描写を原稿用紙50枚書くことができたら、その人は純文学向きだと、とある有名作家さんが言ってました。

 もしかして、「タイトル」と「物語」どちらが先に思いつくかということも、人それぞれなのかもしれません。

 私はというと、「タイトル」が先に思い浮かび、そこから物語を作っていくタイプ。

 ただ、出版社によっては、タイトルは編集部が決めるもので、作者にはその権利がないという場合もあります。

 私が小説を書くときには、「タイトル」→「主人公」→「ラストシーン」→そのほか、の順に決まっていくので、本文を書いている途中にタイトルが変更になると悲劇。すべて書き直したくなってしまうこともあります。

 なので、できれば最初に決めた「タイトル」は死守したいところ。

「タイトルを最初に思いついた」の典型例:「全米が泣いた」
「タイトルを最初に思いついた」の典型例:「全米が泣いた」

 では、このコーナーのように「エッセイ」はどうなのか、と言われますと、夫を看取った話のような実際のできごとに基づくものは、動画を書きとめるイメージです。

 今回のように、なんだかんだと論じるタイプのものは、頭に文章は浮かびません。

 何も考えない状態で、手だけがキーボードの上を動いていく感じです。

 ここで冒頭の「詞先」「曲先」に話を戻します。

 私は作詞も作曲もしたことがないですが、自分で歌を作るとしたらどっちが先か、やってみましょう。

 ……。

 同時に浮かびました。素人ゆえですかね。