5万分の1地質図幅「大多喜」
ポイント
・ 綿密な地質調査と最新の年代情報をふまえて千葉県中央部の地質図を作成
・ チバニアン期の地層など後期新生代の年代の“ものさし”となる模式的な地層の情報を集約
・ インフラ整備や天然ガス田の資源開発促進はもとより、地学教育や観光産業の基礎資料としての活用に期待
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604097136-O1-SXrrZat0】
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、千葉県中央部の地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「大多喜」(以下「本図幅」という)を刊行しました。大多喜地域には、約1500万年前から数十万年前にかけて海の底で堆積した地層(前弧海盆堆積物)が隆起し、丘陵を作っています。これらの地層は古い方から、安房層群-上総層群-下総層群と呼ばれ、多くのテフラ層や示準化石となる微化石、そして地球磁場逆転の記録が連続的に保存されているという大きな特徴があります。こうした理由から、日本とその周辺の地層の年代を決定するための “ものさし” となる、標準的な地層群として研究されてきました。この “ものさし” としての性質は、地質時代「チバニアン期」の認定にも大きな役割を果たしています。大多喜地域では、戦後まもなく、産総研地質調査総合センターの前身である工業技術院地質調査所や民間会社などにより天然ガス開発を目的とした調査が開始され、詳細な地質図が作成されてきました。しかし研究が進むにつれ、広域的な分布をもつテフラ層や地球磁場逆転などから地層の年代を推定する手法が発展してきました。これら最新の手法および知見に基づいた調査・研究を行うことで本図幅の刊行に至りました。
本図幅の作成にあたっては、緻密な地表踏査に加え、数百層に及ぶテフラ層の分析に取り組みました。それらを側方に追跡することで離れた地域間で同時代の地層を特定し、地層の厚さと重なり方の詳細が明らかになりました。これにより、かつての深海が浅い海になり、そして陸化し関東平野が成立するまでの過程を理解するために重要な、地層の特徴や空間的分布を示すことができました。南関東地域の地殻変動や、海底扇状地や海底地すべりのといった前弧海盆における堆積パターンの変化を理解する上で本図幅の学術的な活用が期待されます。
本図幅の利用可能性は学術資料としてだけにとどまりません。上総層群は国内の重要な水溶性天然ガス田の一つである、南関東ガス田の胚胎層であり、大多喜地域は国内で初めて天然ガスの商業生産が開始されたことでも知られています。天然ガスの開発に伴って産出するヨウ素は世界シェアの4分の1を占める極めて重要な地場産業です。地下で天然ガスやヨウ素を含む地層水(かん水)の貯留層となる砂岩層の発達状況や不透水面としての断層の状況を把握する上で、大多喜地域における上総層群の地層の特徴と断層の分布を示す本図幅は貴重な資料になりうるものです。また、小櫃川や養老川などの河川の氾濫や土砂災害を軽減するための基礎資料としての活用も期待されます。
大多喜地域には、観察に適した地層が多く露出していることから、地学の指導教材としても利用されています。養老渓谷などで見られる深海の地層には、数百年に1度の大地震などで発生する混濁流という流れによって堆積した地層が見られます。浅い海の地層としては、当時の海流によって海底に形成された砂丘が現在の鹿野山(大多喜図幅の西隣の富津図幅)から君津市南部まで続く丘陵に露出しています。これらの地層を観察し研究することは、現在の海底で起きている現象を学ぶためにとても有効です。同地域の地層は「地層の教科書」といえるもので、専門家から学生・教育関係者・地質や化石に興味がある一般の方にとって、観察や研究に適した条件がそろっています。さらに、首都圏から自動車や鉄道で容易にアクセスできることから、休日には多くの来訪者が訪れる地域でもあります。自然が育んだ景観や、地学教材としてのさまざまな利点を生かし、観光産業や地学教育の基礎資料として本図幅の活用が期待されます。
下線部は【用語解説】参照
メンバー
宇都宮 正志(産総研 地質情報研究部門 層序構造地質研究グループ 主任研究員)
小松原 琢(産総研 地質情報基盤センター)
中嶋 輝允(産総研 地圏資源環境研究部門(研究当時))
徳橋 秀一(産総研 地圏資源環境研究部門(研究当時))
入手先
本図幅は、4月13日より産総研地質調査総合センターのウェブサイトからダウンロードできます。(https://www.gsj.jp/Map/JP/geology4.html)
また、産総研が提携する委託販売先からも購入できます。
(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)
関連する論文
掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science
論文タイトル:Basin‑wide erosion and segmentation of the Plio‑Pleistocene forearc basin in central Japan revealed by tephro‑ and biostratigraphy
著者:Masayuki Utsunomiya, Itoko Tamura, Atsushi Nozaki and Terumasa Nakajima
DOI:10.1186/s40645-023-00558-y
掲載誌:地質調査研究報告
論文タイトル:下部更新統上総層群黄和田層下部~中部に挟まれるテフラ層の層位と特徴
著者:宇都宮正志・水野清秀・田村糸子
DOI:10.9795/bullgsj.70.373
用語解説
地質図・地質図幅
地質図とは、表土の下にある岩石や地層の種類・分布、褶曲や断層などの地質構造を、色や模様、記号を用いて地形図上に示したものを指す。全国をマス目に区切った規格に従って作成された地質図を地質図幅という。産総研地質調査総合センターが整備・刊行する地質図幅としては、5万分の1地質図幅、20万分の1地質図幅などがある。5万分の1地質図幅は日本全国で1274区画あり、地質図幅の中で最も高精度の地質図で詳細な地質情報が記載されている。20万分の1地質図幅は日本全国で124区画あり、全国整備は完了し現在は古くに刊行された図幅について改訂が進められている。
前弧海盆
海洋プレートが大陸もしくは島弧の下に沈み込む際に陸側の斜面に形成される海底の盆地。その形成要因としては、海溝に堆積した土砂がプレートの沈み込みによって陸側に押し付けられた結果、陸からの土砂をせき止める高まりが形成されることなどがある。西南日本の太平洋沖では、熊野海盆や土佐海盆などが代表的な前弧海盆である。大多喜地域に見られる地層は、海底の前弧海盆で堆積した地層が隆起したもので、当時の海底断面を陸上で直接観察できる。
テフラ層
爆発的な火山噴火によって地表へもたらされた火山灰など破片状の噴出物の総称。日本列島の新生代の地層には数多くのテフラ層が挟まり、離れた地域間で同時代の地層を認定する上で非常に有効な指標である。
微化石
ルーペで辛うじて見える程度かそれ以下のサイズの小さな化石で、通常光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いて観察する。円石藻、花粉、珪藻、コノドント、放散虫、有孔虫などが知られている。進化や絶滅の研究が進められていることから、地層の年代や環境を知るために利用される。
地球磁場逆転
地球を大きな磁石に見立てたときのN極とS極の向きは、過去に何度も逆転を繰り返している。地球史上、最も若い時代に起こった地磁気の逆転は約77万年前の「松山-ブルン境界」(Brunhes-Matuyama boundary)であり、その1 mほど下位にある火山灰層Byk-E(Ku2.3)がチバニアン期の地層(チバニアン階)の基底を示す。
海底扇状地
深海底の堆積物を構成する要素の一つ。海底谷から供給される混濁流などの堆積物重力流によって構成される舌状の堆積体を海底扇状地と呼び、上流から順に、チャネル(流路)とレビー(自然堤防)の組み合わせ、チャネル・ローブ漸移帯、ローブと区分される。
海底地すべり
海底斜面上の堆積物が、地震などを引き金として急激に滑り落ちる現象。空港など沿岸域のインフラ、海底ケーブルあるいは海底パイプラインを破壊するなどの直接的な被害を与えるほか、津波を引き起こすことが知られている。海底斜面を不安定化させる要因としては海底下の地下水圧上昇や天然ガスの胚胎層の存在などがある。海底斜面の崩壊は水深10 mから数千 mの深海で発生することもある。陸上の地すべりに比して規模が数桁大きく、深海への物質供給プロセスとしても重要視されている。
水溶性天然ガス
堆積物中の有機物が微生物の活動によって分解されてメタンガスを主成分とする可燃性のガスとなり、浅部の地層水に溶け込んでいるもの。南関東ガス田のほかに北海道、秋田、新潟、静岡、宮崎、沖縄などで知られている。
南関東ガス田
生産量、埋蔵量ともに日本最大の規模を誇る水溶性天然ガス田で、千葉県東部が開発の中心地。上総層群中部の黄和田層、大田代層、梅ヶ瀬層が天然ガスの主な開発対象である。
混濁流
堆積物重力流の一種で、土砂を高密度で含んだ流れ。地震などを引き金とし、海底斜面に堆積した土砂が一気に深海に流れ下るときに起こる。2011年の東北地方太平洋沖地震でも沖合の海底で発生したことが知られている。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260413/pr20260413.html
千葉県中央部、房総丘陵の新たな地質図を刊行
国立研究開発法人産業技術総合研究所
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