
日本酒の寒仕込みが終盤になった頃から新酒イベントや酒蔵を開放する祭りが始まり、3月に入ってからいくつか足を運んだ。飲んだことのある銘柄や酒蔵もあったが、やはりこうしたお酒のイベントには年甲斐(としがい)もなくワクワクする。知らない味わいの酒にめぐり合えるかもしれない、どんな説明を聞けるのか、日本酒愛好家とどのような話を交わせるのか、興味は尽きなかった。
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3月8日、念願がかなって「2026にいがた酒の陣」に行くことができた。新潟市の大型コンベンション施設「朱鷺(とき)メッセ」で開かれる新潟県酒造組合の新酒披露イベントだ。米処であり、酒処でもある新潟県には日本酒91蔵元があり、イベントでは82蔵元がブースを構えた。2日間で1回5千人の枠が4枠あるが、いずれも完売。友が運良くチケットを入手できたので参加することができた。
あの大きな会場でも、全国から日本酒ファン5千人が集まると、移動するにも肩が触れ合い、人を押し分けないと進めない状況だ。しかも制限時間は2時間半。お目当ての蔵の酒を一つでも多く味わうぞ、という熱気というか、殺気のようなものさえ感じた。私たちもお目当ての銘柄、飲む順番を話し合ったが、会場の混雑度を目の前にすぐ諦め、取りあえず、試飲できるブースを順々にめぐることにした。
それにしても各ブースとも注ぎ手が何人もおり、手を伸ばして専用のぐい呑(の)みを差し出すと、すかさず注いでくれる。そんな調子で、お酒の種類だけは結構味わえた。人気の銘柄には100人近い列ができており、われわれも並んだが、15分もすると順番が回ってきた。なるほど、こういう味わいか、友と感想を交わしながら飲むのは至極楽しい。それが酒の陣の醍醐味(だいごみ)なのかもしれない。
会場では亀田製菓の柿の種も配られ、それをポケットに忍ばせながらさまざまな銘柄を味わうのも一興だった。ともあれ、大吟醸など高級酒から普通酒までピンキリ、極辛の酒、クラフト酒、意外と感動した純米酒があるなど、「新潟淡麗」といわれる新潟の酒街道を一気に駆け抜けた感じだった。出展酒蔵が80を超え、「蔵元の数だけ、『おいしい』がある。」というキャッチフレーズ通りの酒処の奥深さを実感できた。
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3月20には銘柄「開華」の第一酒造(佐野市)の「開華 蔵開き2026」に出向いた。時折、小雨が降る天候だったが、すでに午前10時の開始時刻には酒粕(さけかす)詰め放題目当ての長蛇の列ができていた。
蔵見学の案内は普段、経理を担当している大高八三郎(おおたかはちさぶろう)さんが担当した。原料米の精米所では、米を磨いて出る糠(ぬか)は赤糠、中糠、白糠、上白糠の4種類が出て、赤糠は肥料や漬物用、中糠、白糠は主に米菓に、上白糠は和菓子などに使われると説明。参加者らは機械内の糠の色違いを確かめるようにのぞき込んいた。
大高さんは「清酒にするためには、2回ろ過しないと透明にならない。火入れも2回やらないと、日本の高温多湿の夏に品質を維持するのは難しい。これは江戸時代に灘で発見された技術です」「タンクの番号は、税務署が酒税を管理するためのもので、何年かに1度、監査に来ます。インチキしていると分かっちゃうわけですね」と丁寧に解説。「栃木県の酒造会社が優秀なのは、(醸造用)アルコールを使わない純米酒でキレのいい辛口を造れるところにあるんです」と興味深い話も披露してくれた。
そしてお楽しみは無料試飲コーナー。「蔵開き記念 純米大吟醸生原酒」「純米大吟醸(火入れ)」「純米吟醸 遠心分離生原酒」「春季限定 純米 開花宣言」など6種と燗酒(かんざけ)まで自分で注いで飲めるのがうれしい。思わず2杯飲んだ酒もあった。
そんな試飲コーナーで、埼玉県蕨市から夫婦で来た50代男性は「交流サイト(SNS)を見て、このイベントを知りました。高級なお酒も無料試飲でき、大盤振る舞いなんですね。驚きました」と有料試飲酒まで楽しんでいた。那須塩原市から夫婦で来た40代の男性は「年を取ってくると日本酒のおいしさが分かってきて、いろいろなものを飲んでみたいと思い、来ました」と話す。群馬県太田市から毎年来るという40代女性は「一通り試飲できるのが魅力的です。そこからもう一度飲んでみたいお酒を買って帰れる。2日目にはなくなってしまうレアなお酒もあるので1日目に来ています」と味わっていた。
島田嘉紀(しまだよしのり)社長は「米の価格やユネスコ無形文化遺産登録のこともあって、皆さんが日本酒に興味を持っていたり、持つきっかけの手前のところですごくエネルギーがたまっている気がします。日本酒の需要にうまく結び付けたい」と話していた。2日間の来場者数は1800人弱という。
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4月11日、JR烏山線で島崎酒造(那須烏山市)の「東力士 酒蔵まつり」に足を運んだ。宇都宮駅の午前8時10分発の2両編成電車は、存続が懸念される烏山線かと思うくらい、満員状態の150人近くが乗っていた。烏山駅に到着すると、降車客のほとんどは酒蔵まつりに向かうファンで、駅出口には島崎健一(しまざきけんいち)社長らが有料試飲1杯無料券を配っていた。車で来るのは簡単だが、それでは飲酒できない。お酒のイベントと鉄道の相性は地方であっても健在だ。ただ那須烏山市街地は人通りがほとんどなく、車の通行も少ない。午前10時の開会を待つ蔵前の100人以上の列が“異質”な光景に見えた。
祭りで多くの人は、無料試飲会場と有料試飲会場に分かれた。無料は超辛口、やわ口、純米酒、梅・ゆずリキュール、甘酒が1杯ずつ味わえた。有料は酒蔵まつり限定の純米ブレンド酒、純米吟醸のブレンド酒、白ワインの低アルコール純米吟醸のセットが500円、純米大吟醸といった高級酒3点が千円などがラインアップ。那須烏山がアニメ「ざつ旅」の舞台になったことからコラボした酒や祭り限定酒も発売された。
私も有料のこの2セットなどを頼んで飲酒コーナーに着いた。そこには同じセットを一人で味わう若者がいた。都内に住むITエンジニアという26歳の男性。今朝4時半起きで電車に乗り継いで来たという。
この祭りに参加した理由を尋ねると、「最近、米の甘味が好きで日本酒にはまっていて、ネットサーフィンをしていたらこの祭りを知った。アニメも見ていたし、一度行ってみようと思い、来てみました。普段なかなか手を出せない高級な酒も試飲できて楽しい。この後、洞窟酒蔵にも行きたい」と杯を上げていた。
蔵見学では案内してくれた前杜氏の大内勝美(おおうちかつみ)さんが「最近、高温障害で原料米が醸しても溶けにくくなっている。通常なら米1トンに対し25~30%が酒粕になっていたが、酒粕の割合が増え、その分、お酒になる量が減っているため、酒造りもコスト高になっている」と苦労も明かしてくれ、勉強になった。
今回の来場者数は2日間で1560人、烏山線利用者も510人といずれも前年に比べ約50%増えたという。「日本酒でもビールでもワインでもいい、酒蔵がないまちは廃れる」。酒蔵はまちに求心力をもたらす存在だという、ある醸造家の話を思い出した。過疎に悩む那須烏山も島崎酒造のような取り組みを続ければ、光明が見えるはずと思えた。県内では既存酒蔵の努力、創意工夫に加え、酒造りへの新規参入、創業が相次いでいる。酒造業が地域活性化の先導役になることを願ってやまない。
(伊藤一之)

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