小説家になろうと思ったのは小学生のころですが、本格的な投稿を始めたのは高校二年生。ブランクがあるのは、文字を書くのが下手だったからです。それがなぜ公募生活に入れたかというと、ワープロ専用機が我が家にやってきたから(買ったのは姉)。
生まれた時からパソコンやスマホがある方には実感がわきづらいかと思いますが、ワープロが普及する前は、「自分の書いた文字が活字になる」ということは一大イベントでした。新聞や雑誌の投稿欄に応募したものが載る、というのが一般的な機会だったと思いますが、基本的に、書いたものはそのまま載りませんでした。編集部により編集された文章が掲載され、時には「あれっ。これ書いたの自分!?」と投稿者名を見て気付くくらい、手が入ることもありました。
よって、「自分の書いたものがそのまま活字となる」体験ができるワープロ専用機は、私にはドラえもんの「ひみつ道具」に匹敵するくらい、魔法のアイテムだったのです。
作文ならまだしも、自分の書いた小説を誰かに読まれるというのは、なかなか小恥ずかしいものがありまして、好きなように書いては印字し、一人で悦に入るという、思い出すだけでも赤面してしまう楽しみ方をしていました。
しかし、いつかはプロになりたいと夢見るからには、投稿をしなければ道はつながりません。「読むのは見知らぬ編集者だし」と、思いっきり書いて応募してみました。
小説に応募する方はみなさんそうだと思いますが、投函したあとは「これはもう受賞に違いない」「映画化決定」「インタビューにはなんて答えようか」などと盛り上がります。で、ちょっと落ち着いたころに応募作を読み直して誤字脱字・矛盾点に気がついて落ち込み、「それでももしかして!」と最終選考通過者の発表号まで希望をつなぎ、結果として一次選考すら通過していなかった、というオチが待っていました。
初投稿からずっとそれが続き、やっと受賞して作品が世に出たときには、私は50歳になっていました。
つまりは、私には30年以上にわたる怒涛(どとう)の「落選作」ストックがあるのです。ある意味、屍(しかばね)の山に立っているようなものともいえましょう。
しかし、落選作は養分でもあるのです。
たとえ一行であっても、昔書いた作品のセリフがふと蘇(よみがえ)って現在書いている小説に差し込むこともありますし、何作かを合体させて再構築して新作のベースにすることもありますし、タイトルとヒロインをそのままに、内容をまるっきり書き直して出版に至ることもありました(「全米が泣いた」はそれです)。
初投稿が受賞作となる方もいますが、こんな風に「供養」しながら何年後、何十年後に活かせることもありますから、落選に引きずられないで前に進んでいきましょう。
今このエッセイを書いている現在も、二十年前の作品を復活させるべく奮闘中です。果たして、編集部のOKが出るかどうか。結果が出るまでのドキドキ感は、デビュー後も同じですね。

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