古材に覆われた日本酒の蔵の伝統的な空間。その薄暗い雰囲気の中で、日本酒を味わいながら芸能や音楽を楽しむ催しがあった。こうしたエンターテインメントが酒蔵にこれほど合うものかと感心させられた。

 開催されたのは、飯沼銘醸(栃木市西方町元)の「酒蔵集合!その二」と、渡邊佐平商店(日光市今市)での「KUNI MIKAMI from New York JAZZ ピアノトリオ」だ。飯沼銘醸の主催関係者は「酒を飲みながら芸能を楽しむことは、恐らく江戸時代にもあったのだろう」と話す。酒好きにとっては、ひとときの夢に浸る異空間“現代版の竜宮城”といえるような体験だった。

お酒試飲と民俗芸能を楽しむ「酒蔵集合!その二」が開かれた飯沼銘醸=5月30日、栃木市
お酒試飲と民俗芸能を楽しむ「酒蔵集合!その二」が開かれた飯沼銘醸=5月30日、栃木市
「酒蔵集合!その二」が開かれた飯沼銘醸の清酒醸造場=5月30日、栃木市
「酒蔵集合!その二」が開かれた飯沼銘醸の清酒醸造場=5月30日、栃木市

 

 「酒蔵集合!その二」は5月30日、タンクなどを動かして会場スペースを造ったという醸造場で行われた。銘柄「姿」の飯沼銘醸のほか、「松の寿」の松井酒造店(塩谷町)、「若駒」の若駒酒造(小山市)、「朝日榮」の相良酒造(栃木市)、「町田酒造」の町田酒造(前橋市)、「鏡山」の小江戸鏡山酒造(埼玉県)、「山間」の新潟第一酒造(新潟県)が出品。純米大吟醸、純米吟醸、スパークリング、貴醸酒など23種の利き酒を飲み放題で提供した。

飲み放題で試飲酒を参加者に提供する7酒蔵の出展コーナー=5月30日、栃木市
飲み放題で試飲酒を参加者に提供する7酒蔵の出展コーナー=5月30日、栃木市
飲み放題で提供された日本酒=5月30日、栃木市
飲み放題で提供された日本酒=5月30日、栃木市
紹介を受ける7酒蔵の出展者=5月30日、栃木市
紹介を受ける7酒蔵の出展者=5月30日、栃木市

 また初めてクラフトビールの「トリイ堂醸造」(鹿沼市)、「ブルーマジック」(宇都宮市)の2ブルワリーも出店。「金麦姿」「切腹米IPA」「鹿沼苺のかちわり」など、このイベントにちなんだビールを用意した。

クラフトビールを提供するトリイ堂醸造(左)とブルーマジックのブース
クラフトビールを提供するトリイ堂醸造(左)とブルーマジックのブース

 冒頭から趣向が凝らされた。単純な乾杯ではない。世界乾杯協会会長・日本古式乾杯流家元を自称する御神酒乾杯斎(おみきかんぱいさい)さんが河島英五(かわしま・えいご)の「酒と泪と男と女」の歌詞を古式祝詞のように歌いながら登場。鈴と舞による、やや滑稽ともいえる「乾杯の儀」を執り行った後、飯沼社長とともに乾杯の音頭を取った。独特の演出に、おのずと場が盛り上がる。

日本古式の「乾杯の儀」を執り行う御神酒乾杯斎さん(左)=5月30日、栃木市
日本古式の「乾杯の儀」を執り行う御神酒乾杯斎さん(左)=5月30日、栃木市
「乾杯の儀」の後、飯沼社長の音頭で乾杯する参加者=5月30日、栃木市
「乾杯の儀」の後、飯沼社長の音頭で乾杯する参加者=5月30日、栃木市

 

 杯を進めていると、程なく、和太鼓などの「やかまし囃子」の響きが近づいてくる。荒ぶる和太鼓パフォーマンスで知られる「切腹ピストルズ」の登場だ。そもそもこの利き酒イベントが始まったのも、13年前に飯沼銘醸の近くに移住してきた切腹ピストルズの飯田団紅(いいだ・だんこう)代表(56)と、飯沼社長が親交を深めたのがきっかけ。2年前に都内で利き酒と切腹ピストルズのパフォーマンスを楽しむ会を開いたが、あまりのうるささから翌年の会場が見つからず、飯沼銘醸で開くことになった経緯がある。

 切腹ピストルズの一団は、集った約250人の参加者をかき分けながら、酒蔵内を進み、屋外では、笛と鐘、三味線、法螺貝の音に合わせ、勇ましい太鼓のぶっつけを披露するなど、会場を圧倒した。

「やかまし囃子」を披露する切腹ピストルズの和太鼓メンバー=5月30日、栃木市
「やかまし囃子」を披露する切腹ピストルズの和太鼓メンバー=5月30日、栃木市
屋外で「やかまし囃子」を披露する切腹ピストルズ=5月30日、栃木市
屋外で「やかまし囃子」を披露する切腹ピストルズ=5月30日、栃木市

 

 飯田代表は「この酒蔵のたたずまい、空間がいいですね。奈佐原文楽も行われますが、本来、伝統芸能というのはこの薄暗い中で酒を飲みながら楽しんでいたのではないかと勝手に思っています。会場のお酒を飲みながら芸を見ている人、楽しくしゃべっている人を見ていると、200年くらい前もこんな雰囲気だったのではないでしょうか」と話した。「竜宮城ではないですけど、年1回、西方の地にこのような雰囲気が出来るのも地方だからこそだと思います。名物にしたいですね」と参加者の笑顔を見て喜んだ。

酒瓶ケースに座り、日本酒や料理を楽しむ参加者たち=5月30日、栃木市
酒瓶ケースに座り、日本酒や料理を楽しむ参加者たち=5月30日、栃木市
酒瓶ケースに座り、日本酒や料理を楽しむ参加者たち=5月30日、栃木市
酒瓶ケースに座り、日本酒や料理を楽しむ参加者たち=5月30日、栃木市

 

 続いて登場したのが鹿沼市奈佐原地区に伝わる栃木県指定無形民俗文化財の「奈佐原文楽」。公演はホールで行うが、酒蔵での公演は初めて。演目は「傾城阿波鳴門」。阿波徳島藩の御家騒動を背景に、幼くして生き別れた娘お鶴の悲劇的な再会と別れを描く人形浄瑠璃だ。公演は約1時間にわたって行われ、参加者は杯を傾けながら、興味深く鑑賞した。急にあつらえた酒蔵の“舞台”は狭く、普段と要領が違ったというが、事務局長の荻原弘夫(おぎわら・ひろお)さん(60)は「観客とすごく近く、(人形を操る)黒衣たちの指示の声がお客さんにみんな聞こえちゃいましたが、雰囲気は最高です。お客さんに楽しんでもらえて励みになります」と汗を拭っていた。

観客の目の前で披露された奈佐原文楽=5月30日、栃木市
観客の目の前で披露された奈佐原文楽=5月30日、栃木市
観客の目の前で披露された奈佐原文楽=5月30日、栃木市
観客の目の前で披露された奈佐原文楽=5月30日、栃木市

 

 フェイスブックで催しを知ったという都内の大学教員(57)は「めっちゃ楽しいですね。いろいろな所のおいしいお酒をたくさんいただきました。切腹ピストルズも見られたし、文楽をこんなじっくり見るのは初めて。歴史ある酒蔵で伝統的な民俗芸能を見るというのはすごく合っている」とイベントを堪能していた。地元の会社員(62)は「こうしたイベントをやっていただき、よそから来てもらえることは本当にうれしい。地元の誇りです」と続くことを願った。

 飯沼銘醸の飯沼徹典(いいぬま・てつのり)社長は「お酒を飲むだけじゃなく、楽しい会にしようと思いました。普段から日本酒を飲んでいただけるようにしたい」と力を込めていた。

ジャズ演奏会が開かれた渡邊佐平商店=5月17日、日光市
ジャズ演奏会が開かれた渡邊佐平商店=5月17日、日光市

 ニューヨークを拠点にジャズピアノ演奏活動を展開しているクニ三上氏のトリオを招いての渡邊佐平商店(日光市)のジャズ公演会は、5月17日に開かれた。今回で11回目。全国ツアーを行うに当たり、酒蔵で開きたいという三上氏の意向に応じて開かれている。蔵内には純米大吟醸、活性にごり酒、しぼりたて生原酒など5種を用意した日本酒の試飲コーナーを設け、公演前と休憩中の試飲を提供。ほろ酔い気分で軽快なジャズを楽しんでもらう趣向だ。

ジャズ演奏会の休憩中などに試飲提供された渡邊佐平商店の日本酒=5月17日、日光市
ジャズ演奏会の休憩中などに試飲提供された渡邊佐平商店の日本酒=5月17日、日光市
約60人の参加者にあいさつする渡邊社長(左)=5月17日、日光市
約60人の参加者にあいさつする渡邊社長(左)=5月17日、日光市

 

 渡邊康浩(わたなべ・やすひろ)社長はあいさつで、公演会場になっている2階の床の一部を外せば、1階にはタンクが並ぶ貯蔵庫、熟成庫があることを説明。「なぜ、ここで公演会を開くかと言えば、たまに(いいお酒を造るために)お酒にクラシックを聴かせている蔵がありますが、しょせん、CDなんですね。しかしうちはライブなんです。どちらがいいと思いますか?」と笑わせた。「お酒と音楽は相性はいいと思います。短い時間ですが、至福の時をお過ごしください」と休憩時間での試飲を勧めた。

コンサートの休憩中に日本酒試飲を楽しむ参加者=5月17日、日光市
コンサートの休憩中に日本酒試飲を楽しむ参加者=5月17日、日光市
コンサートの休憩中に日本酒試飲を楽しむ参加者=5月17日、日光市
コンサートの休憩中に日本酒試飲を楽しむ参加者=5月17日、日光市
コンサートの休憩中、参加者に日本酒を注ぐ渡邊社長(右)=5月17日、日光市
コンサートの休憩中、参加者に日本酒を注ぐ渡邊社長(右)=5月17日、日光市

 三上氏は「ここに座ると、お客さんと目線が同じ高さ。恥ずかしいですよね。下を向いて(ピアノ)を弾いていて、ひょっと、目が合っちゃうことがありますが…」とおどけたあいさつをした。スウィート・ジョージア・ブラウンの曲やオリジナルの「明るい表通りで」、ビートルズメドレー、ルパン3世、子ども向けにアンパンマンのマーチなど10曲を披露した。

観客と同じ目線でエレキピアノを演奏するクニ三上氏(中央)=5月17日、日光市
観客と同じ目線でエレキピアノを演奏するクニ三上氏(中央)=5月17日、日光市

 酒蔵での公演について三上氏は「まず香りがいいね。下でお酒が発酵しているので、(場の)空気に活力を与えてくれる。口笛を吹いてくれるなど、お客さんのノリがよかった」と歓迎した。

公演後、参加者と交流するクニ三上氏(左から2人目)=5月17日、日光市
公演後、参加者と交流するクニ三上氏(左から2人目)=5月17日、日光市

 埼玉県から移住してきた50代女性は「酒蔵でのライブに参加するのは初めて。お酒も好きだったので、試飲も魅力的で一挙両得でした」と満足していた。

 ホテルなどで飲食を伴うディナーショーならともかく、ホールや室内で開かれる民俗芸能の公演、音楽会で、飲酒しながら観賞できることなどまずないだろうし、酒の匂いを漂わせること自体はばかられる。しかし屋内で飲酒しながらエンタメを楽しめるのは、酒蔵だからこそ可能とも言えよう。酒蔵でこうした試飲イベントがさまざまな形で開かれることは、日本酒の魅力浸透、需要拡大につながる。「日本酒復権」のきっかけになることを願いたい。    (伊藤一之)