太平洋戦争末期、米軍の激しい爆撃で2千人以上が亡くなった名古屋市の熱田空襲から9日で81年。生き延びた柘植弘子さん(95)=熱田区=は「ただただ、生きることに必死だった」と振り返る。 この記事は会員限定記事です 「下野新聞デジタル」の会員のみご覧いただけます。 今すぐ会員登録して記事を読む ライトプランに登録する(キャリア課金で登録) 登録済みの方はこちら 愛読者プラン・フルプラン・スタンダードプランの方 ログインする ライトプランの方 しもつけIDでログイン