福井県越前市内の日野川河川敷で今春、かかしが立ち並ぶ光景が見られるようになった。遠目に不思議がる市民は多く、福井新聞の調査報道「ふくい特報班」(通称・ふく特)にも「いったい何のために設置したの」と疑問の声が寄せられた。「笑顔の番人」たちが守っているのは農作物ではなく、稚アユ。天敵のカワウによる食害を防ぐのが目的で、効果はてきめんのようだ。
かかしを設置したのは、稚アユを放流している日野川漁協。家庭から持ち寄った衣類を着せた組合員のお手製だ。4月中旬に計30体を立て、越前市から南越前町まで延長約14キロの範囲で、設置場所を順次移動させている。強まる日差しの下、笑みを浮かべるかかしの袖や裾が川辺の風に揺れている。
毎年、大量に捕食
のどかな風景の裏には、組合員たちの真剣な思いがある。「カワウには数十年前から悩まされてきた」と語るのは、佐々木武夫副組合長(76)。4~5月の稚アユの放流期には毎年、50~100羽に及ぶカワウが飛来し、釣り解禁を待たずに大量に捕食される被害が発生してきた。
同市の流域は、流れが穏やかで浅瀬が多く、カワウが降り立って魚を捕りやすいのが原因だという。放流前の稚アユの世話を担当する理事の宇野正雄さん(76)は「手間暇をかけて懸命に育てたアユが、目の前で襲われる。言葉にならない」と心を痛めてきた。
同漁協はこれまでも、モデルガンや爆竹による威嚇でカワウに対抗。昨年はナイロン糸を張って襲来を防ごうとしたが、ほかの野鳥が引っかかる問題が起き、いずれもうまくいかなかった。「農家からカラスよけに効くと聞いた」と宇野さんが提案したかかしを試すと、これが的中。立てた場所にはカワウが全く寄りつかなくなったという。
市民反応も好評
日野川のアユ釣り解禁は7月1日。かかし設置は6月中旬までの予定だが、「にぎやかでいい」「防犯にも役立つかも」と市民の反応もおおむね好評で、弊害がなければ期間を延長したいとしている。
「組合員で結集した知恵が実った」と佐々木副組合長。カワウがかかしに慣れて警戒心を解かないようにと、定期的に向きや衣装を細かく変える工夫もしており、知恵比べは今後も続きそうだ。
(福井新聞)