ブドウの生育状況を確認する盤峰園4代目の松本芳夫さん

 1973年の完成から50年を迎えた栃木市大平地区の「ぶどう団地」。太平山南山麓の一帯は温暖で降水量も少なく栽培に適しているとされ、県内一のブドウ産地として知られる。その始まりは明治期までさかのぼる。

 同市大平町富田のブドウ園「盤峰園(ばんぽうえん)」は、幕末の志士の松本暢(まつもとちょう)が明治期に開いた。その息子の駿一(しゅんいち)が農園を引き継ぎ、ブドウ苗を輸入して育てたのが大平のブドウ栽培の発祥とされる。

 その後、松本家の親族を中心に生産が広がり46年、農家5戸による生産組合が発足した。71年、県の農地転作事業などによって稲作からブドウへの転作が促され、73年に「ぶどう団地」が完成した。盤峰園4代目の松本芳夫(まつもとよしお)さん(65)は「64年ごろにブドウ狩りなど観光客向けの農園が始まり、首都圏から来る人で盛況だった」と振り返る。

 JAしもつけによると、現在の大平町ぶどう組合の生産者は57戸。100戸前後で推移していた80年代から4割ほど減少した。昭和期はキャンベルアーリーや巨峰が主力だったが、近年はシャインマスカットの栽培面積が増加している。

 直売など観光客向けに販売する生産者が多く、同JAを通した出荷額は2022年度に初めて1億円を突破した。