「行ってきます」と元気に家を出る娘を、母親が「行ってらっしゃい」と見送る。ありふれた朝の情景である。だが、母は「ただいま」を聞くことはできなかった。「行ってきます」が娘の最後の言葉になった▼犯罪被害者遺族が中高生らに講話する「命の大切さを学ぶ教室」。宇都宮東高付属中3年の佐藤祐菜(さとうゆうな)さん(14)は、悪質な飲酒運転の大型トラックに19歳の娘を奪われた被害者支援センターとちぎの前事務局長和気(わき)みち子(こ)さんの思いを聞いた▼「当たり前だった『行ってきます』の声も、もう聞けない」。その言葉は佐藤さんの心を揺さぶった。何げない家族の会話が一瞬で奪われてしまうこと、それは誰にでも起こり得ること。感じたことを家族に伝え、作文につづった▼「母の『いってらっしゃい』には、十分に周りに気をつけて安全にねという愛情がたくさん込められている」。作品は本年度の「大切な命を守る」全国中学・高校生作文コンクールで先月、文部科学大臣賞を受賞した▼題名は「守れる命」。生徒会長を務める佐藤さんは「自分だけでなく、一人一人の命を大切に行動していきたい」と話す▼加害者にならない心がけをすることで「守れる命」がある。「ただいま」「お帰り」。短いけれど大切な言葉のやりとりが日々穏やかに繰り返される社会でありたい。