大相撲の新十両に昇進したさくら市出身の生田目(なばため)(22)には感謝を伝えるべき「恩人」が多い。中学高校時代を過ごした児童養護施設の職員、矢板高相撲部の指導者、現師匠の二子山親方、そしてタイ出身の母パチャヤさん(48)だ。「偉大な存在」とたとえる母親の愛情を原動力に、角界入りから4年半で憧れの関取へと駆け上がった。
生田目は2002年、日本人の父とパチャヤさんとの間に長男として生まれた。幼少期から性格は明るくやんちゃ。体格にも恵まれ、大田原市市野沢小時代はわんぱく相撲で県2位。才能の片りんは早くから見せていた。
だが小学生の時に父親が家を出ると、家庭環境が一変した。母と3歳下の弟との生活は経済的に苦しく、募るのはストレスばかり。感情を家族にぶつけることもあった。アルバイトをしながら女手一つで息子たちを育て続けたパチャヤさん。しかし日本語が苦手。周囲とのコミュニケーションもうまくいかず、心身共に不調を来した。生田目は14歳でさくら市の児童養護施設に預けられた。
施設での生活に戸惑いはあったが、好きな物を好きなだけ食べさせてくれた。生田目にはそれがありがたかった。高校の相撲部では愛情を込めて厳しく指導され、素質が一気に開花。2年時の関東選抜では準優勝に輝いた。「小さい頃は本当にかわいそうな思いをさせた」。定期的に施設を訪問したパチャヤさんが愛息のことを忘れた日は一日もなく、生田目自身も恨み言を漏らすことはなかった。
5勝目を挙げた26日の夏場所千秋楽。パチャヤさんは東京・両国国技館に足を運び、生田目の取り組みを初めて目の前で観戦した。「本当に家族思いの優しい子。私の子どもに生まれてきてくれてありがとう」。勝ち名乗りを受ける誇らしげな姿を前に、あふれる涙が止まらなかった。
「お母さんと離れて生活し、初めて存在の大切さに気づいた。恩返ししなきゃと思う。それが今の力の源です」と生田目。関取昇進はその第一歩。親孝行は始まったばかりだ。